『ドラマ』
平らな画面の中で
主に比較的端正な顔立ちの男女が
大きい声で驚いたり泣いたり
なかなか見ない身振りをして
たまに静かに顔を伏せ
言葉もなく背中で語ってみせる。
なんだかとても感情が動くことが多いのだろう、
と思っていたが
ひるがえって我が身を考えると、
別に心が動いたときにその通りに行動するとは限らず
悲しくても沈痛な背中で語っているということはたぶんない。
わりと毎日、動揺したり驚いたりしていながらも
全てを伝えられているとは思えない。
すぐ近くにいる人であっても。
何もかも包み隠さず知ってほしい人であっても。
だが、包み焼きはおいしいものだな。
包み隠さないのは好みの問題であろうか?
私をおいしくいただいてもらうときはそのように、という。
春風の影響で何か変なことを言ったかな?
まもなく心をひらいて全てをさらけ出してもかまわない日なのだから。
もちろんさらけ出さなくてもそれはそれでひとつの選択なのだ。
うーん、だけど食べられるよりは
食べるほうがいいな。
誰でもそうだと思うんだけど、違うのかな?
もしもテレビ放送で電波に乗せてこんな話をしているところを見せるとしたら
言葉ははきはきしたほうがいいのだろう。
カメラにうつる角度はなるべく自信がある顔が良く、
身振り手振りを助けにしながら
最後は目で語る。
そういう訓練を積んだ力があるならば理想的なのだろうな。
と考えている。
海晴姉は、そういう細かいことも考えているらしいが
結局考えてどうにかなるものではないから
もう笑顔と元気でカバーする方向に意識を全振りしているとか。
そして私は
話を聞いてくれる相手に甘えて
ぼそぼそやる気をセーブして節約モードでしゃべったり
こたつから手を出さずたいして動かず
笑顔でフォローもあんまりしない。
まあいいか、と思って……
もともと人間はそんなに気持ちを伝えるのが上手な生き物ではない気がするな。
そんなこともないのだろうか?
まあいいか。
演技力のある人たちは実にすごいな、と考えて
自分には縁のない世界のようにだらだらと劇的な展開のドラマを眺めるのだが
たいして演技力もなく感情表現が豊かで
何を言おうとしているのかすぐわかるような相手も
世の中にはよくいるな。
いや、これは長い付き合いのおかげなのか?
どうだろう……非常に単純でわかりやすい場合もあるからな。
夕凪がすぐに風邪を治して元気になり
落花生の皮を散らかして怒られたら言い訳に
やみあがりだから!
と主張してさらに火に油を注いでいたのを見て
とても安心したような顔をしている人がいたのは
わかりやすい。
それとも男子というものは例外なくわかりやすいのだろうか。
サンプルが一人しかないから偏っているかもしれない。
まあこれ以上さらにサンプルを増やす気もないから別にいいか。
だけど、優しい顔の一つも見せずに怒っている氷柱が
実はずいぶんほっとしている様子に見えたのはなぜだろう。
たぶん私の考えは間違ってはいないのではないかな……
長い付き合いのおかげか
ああ見えて素直だというのか?
こんなことを聞かれたらえらい目にあうということもなんとなく予想がつくから
オマエが言っていたということにして伝えておいた。
事後承諾だが、まあ細かいことは気にするな。
何も疑わずに信じた氷柱もなかなか楽しい相手だが
もしかしたら私の演技力のせいかもしれない。
眠っていた才能が目を覚ます……
まあ、別にその才能を活用する機会もあまりないだろうからいいか。
それにしても毎日寒いな。
早く暖かくなって、こたつだけではなくて日なたで体を伸ばせるようになりたいものだ。
寝転がりっぱなしだと足腰が固まって痛くなるから。
あともうひとつの解決策は、柔らかいクッションを手に入れることか。
それがあれば寒くてもいいのかもしれないな?
いやいや、やはりあまり体調を崩しやすい気候が長く続くのもいけない。
どちらにしても私の希望とは特に関係なく春は来る。
時期が来れば普通にやって来るのだ。
クッションは……寄りかかりやすい弟がすぐそばにいる。
どうやら私自身の冬は何も問題はなさそうだな。