綿雪

『ベッドルーム』
ちいさなちいさな動きを届けて
ぶうん
ぶうーん……
モーターが回り出すと
エアコンからは静かな風がはじまる。
はげしい太陽の光でいっぱいになったリビングも
そのすぐそばに寄りそっているユキの部屋も
たちまち冷たさが撫でていって
部屋中のソファもテーブルも
明るい色の表紙の絵本も
ユキを飲み込みそうな大きなベッドまで、ひとやすみして
少し息をつくの。
この部屋が普段のユキの夏休みのぜんぶ。
よっぽど涼しい夕方でなければ
毎日ここで過ごすのがルール。
クーラーのきいた部屋から出てはいけません。
ここにいれば、どんなに猛暑日が続く厳しい気温の夏も
突然の夕立も平気。
怖いことは何もない。
だって家族が用意してくれたユキのためのお部屋。
ユキのためのベッド。
体を健康でいさせてくれる優しい風だもの。
ここにいれば、あまり丈夫じゃない体も
そんなに危険じゃなくて済むんです。
だから、エアコンをかけた涼しい部屋がユキのお城。
出ていきたいなんてあばれだしたら
いけないんだから。
外は暑さでしおれかけた緑の葉っぱが並ぶ。
うなだれて、お部屋の中にはないくらいの色で
目に染みるほど鮮やかな緑。
ガラスの窓を開けて手を伸ばしてはいけません。
お水をあげたくなっても
ユキにできることは何もないのだから。
今日一日を、病気を悪くしないでがんばって過ごすことが
ユキのいちばん大切な宿題。
静かな部屋に
遠くから楽しそうなはしゃぎ声が届いたって
ちょっと体を起こしすぎていたから
もう体が休みたがっているからお昼寝の時間。
大丈夫、
人よりちょっと疲れやすいのはいつものことなんだもの。
自分の体をいたわることに慣れなくちゃ
立派な大人になれません。
遠くのかすかな歓声がユキのまぶたを重くさせる。
ユキはそこには行けないから
何があったのか
自分で考えておくの。
後でお話をして、確認できるはず。
もうすぐ廊下を渡る
たいへんな足音が近づいてきて
どたばた、
きゃあきゃあ、
それは誰が止めようとしたって止まらないの。
ちっちゃなこどもたちの行進。
楽しいことばっかりだったら
とてもお行儀よくなんてできるはずがないんです。
そんなとんでもない騒ぎが
まもなくエアコンの音もかき消して
涼しい風がそよそよ吹いている気配も忘れさせて
本当にこの部屋に少し前まで静かな時間なんてあったのか思い出せなくなる。
なんだかまるでずっと前から
この部屋ができたときから変わらずに
ちびっこたちがベッドの周りを飛び跳ね回って
ユキは生まれたときからこんな騒動の真っ只中にいて
ときどき泣いてしまう子に手を伸ばして
おいで、って
抱きしめてあげるお姉さん。
ずっといつもここでみんなに囲まれていたような
そんな気になれるはずだから
ユキは今はまだ
いっぱいに耳をすまして目を閉じて
そのときを待っていられる。
こんなに長く伸びたような夏のお昼のまどろみから
すぐに目を覚ますはずなの。
だから今は何もわがままを言わないでお休みします。
体を休めておかないと
きっとこれからのにぎやかさにへとへとになってしまうんだから。