ヒカル

『放課後友チョコ交換会』
冬の夕暮れ。
西の山がほんのり染まったかと思うとすぐ
灰色がかった薄く伸ばされたような青い空は
たちまち藍色に変わり
深い夜の色までの駆け足。
季節は次第に、日が出る頃の外出には
厚いコートもいらない時も増える頃。
昼間の暖かさを実感できるようになって来ても
夕方、暗くなってからの寒さは
まだまだ油断できない。
だから、帰ってきてからのお楽しみは
体の中からほっとする
温かい飲み物。
湯気に口を寄せると
おとなの香りが広がるコーヒー。
ココアは優しい甘さが喉をゆっくり通り過ぎていく。
春風がいてくれたらホットワインも刺激のある甘さ。
葉っぱが高くジャンピングするという紅茶も
淹れるのが上手な家族を見つけたら頼めるし。
氷柱も結構
乗せれば、飲み物を用意してくれる。
もしも、
たまたまキッチンに誰もいなかったら自分で。
牛乳を入れたカップ
チン。
ラップをのせて。
なかなかいつも、手の込んだ準備をする性格じゃないから
一人だと、さっと済ませてしまうみたい。
だから、誰かがいてくれたらラッキー。
玄関にいても、キッチンのほうから賑やかな声が聞こえてきたら
よし。
いいぞ、いいぞ。
帰ってくる途中で冷えた体は
もうすぐ、ぽっかぽかになるぞ。
と、期待して。
顔を出してみたら
今日は知らない顔の
小さな新しい妹だらけ。
そうなんだ。
またママが新しい家族を見つけて
連れてきてくれた、
という事態にはまったくならなくて
星花の友達が集まっていただけだった。
なーんだ。
またにぎやかになるって思ったのにな。
しょうがない。
今日の放課後だけの短い間の
小学生の教室に戻ったような時間を共に過ごすお友達。
仲間に入れてもらいながらも
あれ……
私は小学生のときもこんなにかわいく
女の子っぽいうれしそうな声で毎日を過ごしていたっけ?
もうちょっと暴れん坊だったような。
実は、普段は星花も
追いかけっこして転がりながら遊んでいる仲間だという。
でも今日は
海晴姉も朝の天気予報で
楽しい休日の報告をしたバレンタインの後の
学校の友達が顔を合わせる月曜日。
今年もやはり我が家では、チョコの試作品は
星花だけが製作していたわけではなくて
お姉さんたちの挑戦が
今も冷蔵庫の中に残るバレンタイン。
星花ちゃんのお姉さん、
私のチョコと
交換しませんか?
みんな、
気になっているんだって。
大人のお姉さんが作ったチョコ。
やっぱり
ちがう?
大きくなったら自分たちだって挑戦するはず。
いちばん大好きな人にあげたい
女の子のすべて。
全力を出して挑むバレンタインをやがて迎える将来、
つまさき立ちをして、窓からのぞいてみてもいい?
まだ自分が行けない場所へ
優しいお姉さんを呼んで、手を伸ばして
指先に触らせてもらっても
いいですか?
といったようなことを遠慮がちにもじもじ
春風や蛍に声をかけて
小雨も捕まっていたし
立夏には追いかけられてチョコを奪われていたし
氷柱や麗も
まあ、挨拶がきちんとできる礼儀正しい子を相手に
家の中ではなかなか見ることのないよそ行きの硬い表情を作って
ごゆっくり、
って逃げて行ってしまったし。
私は、両手に持っていたのを目ざとく見つけられてしまったから
クラスの友達や学校の知り合いからもらった分の
袋いっぱいのチョコを見せることになって
大人になったら
こんなにもらう人もいるなんて!
いや、あの……
ふつうあんまり女の子はこんなにもらわない
と思う……
こういうのも当たり前の大人の世界だと思われてしまって
いいのだろうか?
今年はバレンタインは土曜日で学校はお休み。
だから、いつもバレンタインが平日の年と比べたらまだ少ない、
と、お友達の子に言ったわけではないんだけど
それでも仲のいい子や、部活動でよく知っている先輩や後輩はわざわざ声をかけてくれて
せっかく作ったからと。
私も思ったんだ。
オマエもチョコがよっぽど好きみたいだし
分けてあげられるかな、と。
遠慮なくもらっていたら
今年もまた、
あれ……
なんで私はこんなにもらっているんだろう?
小学生の子たちにも
どうしたらこんなにもらえるんですか?
だって。
私もわからない……
ちょっとこれは、交換ではあげられないからゴメンって
残しておいたから
家族にはあげるから大丈夫。
よかったらオマエも食べる?
そろそろ、チョコの匂いが家の中どこに行っても追いかけてくるほどではなくなって
何事もないいつもの毎日を
しっかり落ち着きを取り戻して
がんばっていかなくちゃ!
まだ浮かれている子がいたら、
私が喝を入れてあげようって
今朝まではそのつもりだったのに
まさか私が一番にこの家にチョコを持ち込んでいるようなことになって
なんだろう……
星花のお友達にも
チョコをあげられなかったのにやけに囲まれてしまった。
大人になってもこういう景色が当たり前というわけではないということは
ちゃんと言っておいたほうが良かったのかな。
いつごろからこんなにもらえるようになったのかとか
どんなのをもらえたらうれしいのかも
いろいろ聞かれたんだけど
どんなのがうれしいというか──
とにかく、
オマエと分けるつもりでもらってきたんだから
今日はそのつもりで
おいしく食べられたら、
ということにして
後はあんまり考えないことにする。