バレンタイン2021

・海晴
ここしばらく
キッチンから聞こえていた
にぎやかな声は──
全てが好きな人を思う
気持ちのひとかけら。
ビターな味も
キュートでスイートな味わいも
それぞれの心からの
全身全霊。
キミがいるようになった
あの日からずっと
バレンタインは毎年こんなふう。
好きな人に
自分の一番をあげたくて
はりきるの!
実は、スタートラインが
全員一緒の
キミと出会った日だから
お姉ちゃんが重ねた日々や
年の功というアドバンテージは
そんなにないのよね。
一緒に走り始めたんだから──
残念!
私が恋する人の
特別になるには
長女というだけではだめなんだって。
だから──
がんばって作ったチョコレートを渡す時も
子供のようにドキドキ
初めての気持ちのように
ときめいている。
喜んでもらえたらきっとうれしい──
だけど──
それはたぶん
毎年この日を重ねても
慣れることがないのかもしれないね。

・霙
バレンタインデー当日だ。
毎年この時期は
ずいぶんと家の中がにぎやかになる。
その騒がしさはさらに
オマエが来てからというもの
十倍にも百倍にも──
計り知れないほど膨らんでいる。
これはまるで超新星のような
宇宙的規模の影響ではないか?
まるで塵のような星の
小さな家で
天文学的な新発見が見つかろうとしている──
バレンタインとは奇跡のような行事であったのだな。
これほどのエネルギーを発生させる原因にも興味がある。
私の弟──
愛するという気持ち──
フフ──私がこんな話をした時のお前の顔。
チョコを渡すのはこれからだというのに
今年のバレンタインも
新発見が多い日になりそうだ──

・春風
私の好きな人は
王子様。
広い世界のどこにいても
どこに生まれたとしたって
私にはあなたしかいない──
代わりになる人は誰もいない。
もしも出会うことがなかったとしたら
その時は
あなただけを探し──
私はどこまでも旅をして
どんな大変なことがあったって
ただあなたに会う奇跡が起こるのを
待つでしょう。
それは言葉にするほど簡単なことではないって知っている。
世間知らずで
臆病者かもしれないけれど──
世界でただ一人のあなたと出会うことが
どれだけ特別なのか
知っているから。
何があっても乗り越えてあなたを求めるのです。
愛する人へ──
どうかこの変わらぬ思いが
少しでも、わずかでも、ただひとかけらだけでも──届きますように。

・ヒカル
たとえば街を歩いているときに
ふと立ち止まり──
眺める景色を
一緒に見たいと思う。
夕食を済ませて
おやすみを言ってそれぞれの部屋に分かれ
ベッドに入った時
話足りない
もう少し伝えたい言葉が
頭に浮かぶ。
たとえば──
キッチンに立っていると
好きなものをおいしそうに食べていた時の
のんきな顔が思い浮かぶ──
そういう
チョコを作っていた時の話。
考えてみると
バレンタインデーが特別な気がする理由は
どれも普段の
たいしたことのない時間の延長で──
日頃の積み重ねが
たまたまこうなっただけという気がする。
それなら──
チョコを渡して
毎年こうして過ごす
積み重ねが
いつか思いもよらない
特別な日に
なることが──
いつかあるのかな。
今年もチョコはあまり上手にできなかった。
困ったら頼っていいっていつも言ってるけど
力になれないこともたまにあるって──
それがばれてしまう積み重ね。
苦手がばれてしまうのは
あんまり嫌でもないとわかる積み重ね──
やがてどんな日にたどり着いてしまうんだろうな──

・蛍
おうちの中では
ちょっと腕前に自信がある
蛍!
お兄ちゃんは
やっぱり蛍のお菓子に
期待している──?
やるからには
特別な
とんでもない
記憶に残るものを作りたい!
と、そう思う年と
こういうのは
真正面から
直球でぶつかっていくのが一番
気持ちが伝わるはず!
などと揺らぐ年が
だいたい交互にやって来る──
お兄ちゃんの予想では
今年はどうなったと
思いますか?
蛍のすることは
わりとばればれで
すべて筒抜けで
日頃の言動が何一つ包み隠さず伝える──
ことが多いような気がします。
しかも
こっそり隠しておきたいと思ったことに限って!
しゅん──
そんなわけでお兄ちゃんの予想通りのそのままです。
はい!
期待に応えられるかわからないけど
やるだけのことはやったつもりです。
おいしく食べてね。

・氷柱
せっかくのバレンタインなのだから
下僕にもちょっとくらい
喜んでもらおうかなと
考えたことはあるの。
私はあなたのご主人様。
何をすれば喜ぶのか一番知っているのは私だわ。
こう、ほら──
あなたのためだけに
初めてチョコレートを作りましたとか言って
恥ずかしそうに
手渡せばいいんでしょう。
絆創膏を貼った指をちらちらさせて
正面から顔も見れないみたいに頬を染めて
おいしいと言ってもらえて
やっと花のような笑顔を咲かせるとかいうような──
まあ、それはそれとして
私も作るだけは作ってみたんだけど!
みんなが楽しそうにしているから
試しにやってみただけであって
あげる相手がいないのも張り合いがないから
下僕に食べてもいいって許可をあげるだけの話よ!
指の絆創膏?
そんなものに
気付かなくてもいいのよ!
正面から顔も見ていない──?
染めた頬──?
気のせいよ!

立夏
勢いだけじゃいけない、
突進するだけじゃダメだ、
それじゃあ伝えられないことがあるって
考えに考えて
悩みぬいて、
柄にもなく頭を使った
その結果が、
結局──
自分には
突き進むことしかできないんだから、
それが一番やりたいことなんだから
いいんじゃないの?
だった時に
今まで考えた時間は
無駄だったのか!?
いや、そんなことはない。
好きな人のために悩んだなら
どんな道のりも
どんな答えも
必ず意味があるとわかっている!
だといいな!
立夏の大好きなオニーチャンへ
ちゅっ。
チョコレートもあるよ。
おねーちゃんたちより
あんまり上手じゃないかもしれないけど
がんばったよ!

・小雨
ああっ!
やはり小雨のチョコレートが
どこかに消えて
なくなっている!
という夢を──
今年も何度も見ては
夜中に飛び起き、
まだ当日でないことに安心する。
この夢は
いったい何を暗示しているのか?
いいしらせ?
まさかの凶兆?
実はもう
小雨は知っている──
それはどうしても
自分の精一杯を受け取ってほしい
大切な人がいる幸せを教える
ちょっと不安そうな
世界一の幸福な夢──
きっとみんなも
お兄ちゃんがいてくれたら
同じ夢を見るはずだもの──
そう思って聞いてみたら
違うんですって。
そうなんだ──
というわけで
心配性の小雨が大事に守り抜いた
今年の手作りチョコレート
気に入ってもらえるかどうか
またドキドキ──
ふわふわ──
今も夢の中にいるようで
本当に手渡せたのか自信がなくなってしまいます!

・麗
右手に泡だて器とゴムベラ、
左手に大きさが違ういくつものボウル。
エプロンと三角巾を
制服のように身に着けたら
挑戦の始まり。
知ってる?
このキッチン用品はどれも
よく見ると──
長く使い込んだ跡があって
それでいて
丁寧に磨いてきれいにしてある。
こんなに大事に道具を使う人が
作るチョコレートは
きっとおいしいのでしょうね。
あ、別に
ちょっとほしいというわけではないわよ。
私がそんな人たちと比べて
それなりのものが
作れたかどうか──
ちっとも自信がないだけ。
だから感想は聞かないでおくわ。
いつかちゃんとしたものを
作れたと思う日が来たら
またその時。
姉さまたちの道具の扱いと比べると
そんなにきれいではない
銀色のリボンも
落ち着いた青のギンガムの包み紙も──
慣れない手では
不格好で恥ずかしいものだわ。
これが今年の私の贈り物よ──

・星花
星花は気が付きました。
バレンタイン当日の
私の家の女の子は
二つに分かれる!
バレンタインは一年に一度、
この時に張り切るしかないと
闘志を燃やす女の子。
勇気が出なくて
うまくいく自信がなくて
がんばって作ってみたチョコを手に
戸惑う女の子──
十九人もいれば
それぞれなんだなあと
思っていたら
ところが!
なんと!
あんなに盛り上がって
絶対最高のチョコを作る!
人生は戦い!
今がそれ!
なんて言っていた子が
次に見たら台所の隅で
自信満々の逸品を手に
ふるえているなんて──
今日がバレンタイン。
寝ても覚めても当日。
上手く渡せたかな──
おいしいって言ってもらえたかな。
でも──
星花も
いっぱい盛り上がって
おろおろして
そうして──勇気を出すって決めたんだもの。
今日のバレンタインを
精一杯にどたばたしなくっちゃあ
もったいないと
思いました。
星花のチョコレートは
ぜったい上手にできたよ!
たぶん……

・夕凪
お兄ちゃんのために
マジカル妹は
今日だけ──
パティシエになる。
あ、だけど
かわいいアイドルになったほうが
お兄ちゃんはうれしいかも?
それとも、ごろごろ喉を鳴らす
子猫がいたらいいのかな?
お兄ちゃんの一年で一番幸せな日に
どうしても無理やり変えてみせる
夕凪のスペシャルバレンタイン。
ひとつやふたつの
めちゃくちゃものすごい奇跡が起こるくらいでは
とても追いつかないから
チョコを作るのも手渡すのも
おまじないしっぱなしで
いなくっちゃ!
だから──
お兄ちゃんが喜びそうな
全部の子になって
夕凪はぶつかっていくね。
えっ?
百点を取って帰ってくる
夕凪がいるとうれしい?
いじわるーー!
こんどね!

・吹雪
私の好きなチョコレートは
舌触りが良く
甘さはほどほど。
含まれる栄養素が
豊富であるのも好ましい──
今年の手作りチョコレートが
それらの条件をクリアしたかどうかは
私は今のところ断言できません。
キミの感想をもらって初めて結論を出せるのでしょう。
でも、バレンタインに贈るのであれば
自分の好みよりも
相手に合わせるべきなのでしょうか?
どちらを選ぶのが正解なのか
迷うことは何度かありました──
しかし考えてみれば
これからもチョコレートを渡す機会は
あると思われるので──
今年もらった感想をもとに
この先の方針を考えるのも一案です。
キミにもらった
感想は──
なるべく一つも残さず理解し
来年からの話に活用していきたいと考えています。
そのための今年の──できる限りの手作りです。
どうかよろしくお願いします。

・綿雪
私たちは人生に
一生に一度だけのお願いをする権利が
あるらしい──
氷柱お姉ちゃんが言っていました。
ユキみたいないい子には
きっと叶えてもらえる
特別な願いがあるって。
どれほど
難しくて大変そうでも
どれほど
無茶でわがままでも
たった一度、
どうしてもと願う
それだけは必ず叶う。
氷柱お姉ちゃんが絶対だと言ってくれた
そんなお話があるの──
世界中のみんなが
ユキのために
その一度を大切にしてくれる。
特別の中のまた特別に
してくれる──
ユキ、毎年いつも幸せに
お兄ちゃんにチョコを受け取ってもらっているけれど
もしかしたら調子が悪くて
作れない時もあるかもしれないでしょう?
だから今年、たぶんあげられそうな今は
全部の気持ちを込めて
チョコレートを作れたらいいなって
願おうかなと
考えていました。
ふふ──
でも、来年もお兄ちゃんにチョコをあげたくて
もっとおいしくできたらいいと願ってしまったから
今年はやめました。
ずっと来年まで
元気でいることは──
ユキががんばって自分で達成する目標だもの。
だから特別上手なチョコレートではないかもしれません。
──感想を聞かせてほしいです。
そのお返しに
来年はもっと上手になるまで練習する
約束をするね。

・真璃
マリーよ!
何も言わずに
このチョコレートを受け取って。
難しいお話は
何にもいらない──
ここにあるのは
マリーの作り上げた
愛の形と
それを受け取るフェルゼンの信頼──
それだけ!
実を言えば。
けっこうがんばって
作ったという
お話とか、
やっぱりよくできたか
心配だもの、
おいしいって言ってもらえたらいいな!
ドキドキだとか
いろいろある
バレンタイン。
たくさんの思いを乗せたチョコレート──
でも、フェルゼンがもらってくれるなら
それだけでうれしい。
それ以上望んだらばちが当たるかもしれない!
ぜいたく王女は
たまーに──
そんな気分になることもあるの。
フェルゼンもそれ以上なんて──今はまだ
いらないでしょう?

・観月
百年
千年
百万年──
時を経ても
変わらぬ心を込めて。
でも、今年兄じゃにさしあげるチョコは
千年先の
記念の年よりも
おいしくないものであろうか?
千年前にしたような
永遠の契約の
記憶が残るあの贈り物よりも
ささやかで
それなりのものであろうか?
いやじゃ!
わらわは
毎年毎年、
兄じゃにおいしかったと言ってほしいのじゃ。
最高においしくて
ほっぺたが落ちてしまったと
おどろかせたいのじゃ。
うーむ──
本当にそんなことができるチョコを
贈り続けることは可能なのか?
ましてや
生まれてそこそこのまだ五歳。
ものすごい野望を抱いたところで
どこまでやれるものか──
いや!
年も関係なく
やろうとしていることなのじゃ!
そうすると決まった──
千年前も
これから先のずっと未来も
わらわは物を思い
叶わないと迷って
泣いている。
今年もそうしたのと同じで
恋する気持ちに
わくわくはらはら
追いかけられて
駆けている。
難儀な話じゃ──
そうと決まって変えられぬ運命じゃ。
たまに
そういうものもあるという
ゆかいで逃れられぬお話というだけであろう。

・さくら
バレンタインは
せかいじゅうにやってくる
いいことだけれど、
さくらのチョコレートは
せかいにいっこだけ。
お兄ちゃんに
あげるぶん!
でも、いっこだけだと
うまくできたか
しんぱいだから
あじみをするの。
もぐもぐ──
ぱくぱく──
そうしてできた
さくらのチョコレート。
うまくできた?
おいしかった?
あじみをしたチョコレートは
どれもおいしかったの。
チョコレートだもんね!
お兄ちゃんもおいしかったでしょう。
やっぱり!
なるほどな──
あじみをすると
いいことばっかり。
お兄ちゃんがおいしいのが
わかるもの。
あじみは
いいものだから
さくらはまいにち
あじみをしよう。
ぜんぶしよう!
さくら、
よんさい。
いいものをたくさんたくさん
これからも──
おべんきょうちゅうだ。

・虹子
あれっ!
みてみて、
おにいちゃん。
にじこのてのなかに
なんと
とてもいいにおいの──
チョコレートがあるよ!
おいしそうだね。
たべたいね。
でも、つくったひとに
きいてみないと
かってにたべたら
おこられるね。
このチョコレートを
つくったひとは
だれだろう!?
どこにいる?
みぎかな?
きょろきょろ。
ひだりかな?
きょろきょろ。
おにいちゃんは
もう、
みつけた?
チョコレートをつくれる
おりょうりじょうず。
だれだとおもう!
にじこだよ!
おにいちゃんにあげるために
つくったの。
はい!
たべてね。
おいしいよっ!

・青空
そらのすきな
たべもの──
かれー!
いちばんおいしい。
かれーは
いいよ!
あまくちよ!
だからほんとうは
かれーを
あげたい……
でも、ちょこも
おいしいって
おねえちゃんがいう。
もしかしたら
そのうち
かれーのひがくるかもしれないじゃない?
っていう。
そのときは
いっしょにみんなで
つくってくれるって。
そのれんしゅうでも
いいよ、
になったから
ちょこつくるの。
みんなでつくるの。
きっちんに
あつまり
かおを
よせあい
ああでもない
こうでもない
ちょこつくりはつづく!
あー
たのしかった。
あしたもちょこつくるの!

・あさひ
あーちゃん
おんばーば!
うっう
ふふーん!
にゃーにゃん
にゃ!
ぺろぺろり
もぐもぐもぐ──
うおおー
あばっば!
(あかちゃんあさひは
 しってるよ!
 たべるのはだいじ。
 おいしくてうれしい。
 おまけに
 みかけもかわいいなら
 とてもいい!
 ほらみて、おにいちゃん!
 かわいいあさひと
 ちょこだよ!
 たくさんたべて
 おおきくなろうね。)