亞里亞BDSS

『変幻自在』
ちょうど都合よく、つけたテレビで誕生日プレゼント特集をやっていたから見ていたら
「ふむふむ、好きな人と首輪で結ばれるのが今のトレンド、あなたは拘束したい? それともされたい? 最近はそうなのか。なんでだよ!」
「うん……別の呪術を使っていたら……比較的穏健なこの状態にとどまった」
穏健じゃないが、何をしようとしていたんだ。
「私のふるさとの習慣を人間界に持ち込んで、常識を改変することには……成功したのだけど……」
「習慣っていうか」
千影のふるさとはもういいや。
というか、さっきまで一人で部屋にいて、ドアが開いた気配はなかったはずなのに。これもまあ今さら驚くようなことじゃないか。
「うん……気配を感じさせないことも……愛があれば何でもできるんだよ」
「愛のせいにしたけど本当にそうなの?」
心を読まれたような気がしたのは、たぶん知らないうちに口に出していただけだという説も成り立つけど、別に心を読まれたにしてもまあそれはそれで。愛のせいだよね!
「とりあえず……別の呪術が達成されるように望んでいるので……この状況は元に戻すことにしよう」
「よかった。え? もっと不穏な何かをするの?」
「……少し時間がかかるかもしれないから……待っていて。そうだね、今日の日付が変わるくらいまでにはどうにか……」
「そうなると、亞里亞の誕生日に一番ホットな贈り物をしたい時には困ったことになるなあ」
亞里亞はそんなに流行り物にこだわらない気もするからいいかな。懐中時計とか贈っても良さそうだし。というか、そういうプレゼント似合いそう。でも亞里亞も女の子だし、かわいい流行もありかもしれない。今現在の流行はあんまりかわいくないか。呪術が原因みたいだし。
「……やっぱり……使った蛇がいけなかったのかな……」
蛇を使ったようだし。
「でも頭が二つある蛇は……なかなかいないから……」
本当はそういう蛇を使うようだし。そりゃいないよ。
「早く術を成功させたかったのだが、焦っても仕方がないか……私と兄くんの絆は呪われたように途切れず永遠に続くのだから」
永遠らしい。というか呪術を使う前から呪われているぞ。いや、別にそれはそれで千影なら望むところだが。たぶん12人みんなもその話で言えば呪われてることになりそうだぞ。
「でも亞里亞の誕生日にいいプレゼントをしたいんだけどなあ。もっと早く元に戻せない?」
「うん……プレゼントにキスをあげる習慣なら今すぐにも……」
それはもうバレンタインなんかに実現しているね。シスプリのほうでは意外と常識レベルになるほどにはそんなになかったかもしれない。まったくなかったわけでもないような記憶もあるけど、まあとにかく、今日いきなりは心の準備ができていないということにしておいてよ。
「うん……ではそのうちに」
「そのうちには実現するの」
「あきらめなければ夢はきっと叶う」
「千影らしくないような、いつもだいたいそんなことを言っているような。もっと不吉な言い回しで」
「ではまた」
ドアを開けて出て行く。出て行くっていうか、そっちの部屋はベッドがあるくらいで出口ではないんだけど。どこに行くつもりだ。
「おーい千影……いない!」
窓から出て行ったのかな? なんでわざわざそんなところから? 窓に鍵がかかっているのは、まあ愛があるからなんでもできるんだよ、きっと。
今度は玄関のほうから、ちゃんとピンポーンと来客の合図。
「千影もチャイムを鳴らしてから入ってくれば、あんまり僕も驚かないでいいんだけど」
「ピンポーン……」
「いや、口で言うんじゃなくて。あと、どこから声が?」
とにかくお客さんを迎えなくちゃ。
この前まで亞里亞の誕生日の相談を妹たちとしていたから、そのことかな? 玄関に立つと、ちょっと寒い日だから可憐が頬を赤くして息を弾ませている。風邪を引いたらいけない、早く中に上がって。
「お兄ちゃん! 最近は好きな人に勇気のいる贈り物をするみたいなんですけど、恋をしているといつも勇気を出してみたくなるんだから、きっとそういうのって当たり前なんですよね」
当たり前ではないかもしれないね。呪術だね。
「前にどこかで聞いたお話では、メンズバレンタインはエブリデイだそうですけど、きっと、お兄ちゃんを大好きな妹が勇気を出すシスターズバレンタインも毎日だと思うの。だって可憐はそうしないといられないんです」
そうなのか。妹ってそんな岡村靖幸みたいな勇気の出し方するものだっけ。手相を見ると言って手を触りたかっただけだったりするの?
「だからこれを受け取ってください! 可憐の奴隷になって首輪を付けてください!」
「こっちが付けるのか!?」
まあ流行してしまった時点でもうムチャだから仕方ないか。どれどれ。
「可憐のお願いだったら聞かないわけには行かないなあ」
「本当? じゃあキスもしてくれる?」
「今度のバレンタインは19人プラス12人連続更新だね」
いや、実際19人もその時期はどうなるかわからないけど。
「ともかくキスは心の準備がまだだということにして」
「しゅーん」
残念そうに尻尾を垂らして耳を伏せる。という幻覚。
それにしても、別に千影が何もしなくてもキスを贈り物にするのが普通でいいんじゃないの? あれ? このあたりだけおかしいの?
「でも、可憐は自分でお願いしておいてお兄ちゃんに首輪をしてもらうのが申し訳ないの。おかしいでしょうか?」
安心して。それは普通の反応だよ。
「可憐ちゃん! 大丈夫よ!」
あ、鈴凛
「これは最近の過激な流行を上書きして、新しい流行を作り出す機械なの!」
と、抱える重そうな機械。
「すごい機械を作ったなあ」
「うん、千影ちゃんの協力でね」
「ええと、でもまあ今の状態よりはまともになればそれでいいかな」
果たしてまともになるのかわからないが、何もしないよりはましかもしれないしもっと大変なことになるかもしれないし。
「新しい流行か。どういうのがいいかな」
「まずはお兄ちゃんと妹で結婚してもいい法律からでしょうか」
「新しい法律を作る機械じゃないと思うよ」
「お兄ちゃんは、どんな新しい流行を作りたいの?」
うーん、世界中が亞里亞でいっぱいになるように……いやいや。
「兄と妹が仲良くなる世界かな!」
「今までどおりですね!」
そしたら、鈴凛がちょっと不満そう。
「ああ、ごめん鈴凛、せっかくの機械なのに使いこなせなくて」
「そうじゃなくて、私は可憐ちゃんくらいアニキと仲良しにまだなってない気もするよ?」
キャッキャウフフもあんまりしてないよね。でもそれは鈴凛の性格と言う気がしないでもない。したかったの?
「じゃあ、今までより兄と妹が仲が良くなるようにしようか」
「だから新しい法律を作る機械じゃないってば」
「いや結婚までは。いやもういっそのこと結婚もしてしまおうか」
「あらお兄様、みんな玄関先で何してるの?」
咲耶も通りがかった。そうだよ、寒いんだから中に入って。
「うん、今ちょっと鈴凛と結婚する話をしていた」
「ええっ!」
咲耶もだけど鈴凛もそんなに驚くの?
「こういったようなわけで、これがその機械だ」
「ふーん、新しい法律を作る機械ね」
だから違うってば。なんでみんなそんなに法律にひとことあるんだよ。
「じゃあ私は、親しい人同士で贈り物にキスをあげる習慣を新しく作ろうかな」
「それはもう常識として通用しているような気がすっかりしてきた」
いや、気がするだけでキスまではしないけど。
「改めて考えると、今日は亞里亞の誕生日だから、このさい一日だけでも亞里亞の喜びそうな流行を発信してみたらどうだろうか」
「お兄様にお馬さんになってもらうのは私がしたらいけないと思うの」
「可憐は、お兄ちゃんが望むなら勇気を出してしてみせます!」
どっちを? 乗るほうを? 馬を?
いくらなんでも亞里亞だってもっといろいろ望むことあるだろう。馬だけじゃなくて。
亞里亞ちゃんの喜びそうなこと……」
鈴凛ちゃんならお兄様に発明品を使ってもらえたらそれだけで幸せなのね」
「うん……」
何かもっと希望があるけど自分でもはっきりしないような。
「私だって、お兄様のことを考えたり、お兄様が私のことを考えていてくれるとわかるだけで幸せだけど、本当はいつも近くにいたいものね。発明品をそばに置いてもらうだけじゃなくて自分もいたいよね。乙女心よね」
「う、うん。それはいいよ」
鈴凛も可憐みたいに甘えたいんじゃないの?」
「そんなことないよ! 恥ずかしいからもういいの!」
カンフーみたいな地獄突きをされた。これもチャイナなイメージのかわいい女の子でいいの?
「それより亞里亞ちゃんでしょう?」
そうだった。
四人で考えてみる。それぞれの表情を見ていると、あまり日常では思いつかない想像ばかりが浮かんでいるのが良く伝わってくるような、普段使わない脳の部分といっしょに普段使わない顔の筋肉も使っているみたいな難しい顔の一同。
亞里亞ちゃんったら、もう!」
咲耶が怒り出した。
そうだよね。エアーズロックと同じくらいの大きさの一枚のキャンディーを用意して、世界の中心で叫んだけもの(なみの食欲)なんて想像になってしまうよね。
「お兄様を一日だけ自分ひとりのものにしたいなんてひどいわ!」
「それは亞里亞の希望じゃなくて咲耶の欲しいものだね」
「一日なんでもひとつだけお願いを聞いてくれる券を使ってそんなこと!」
「結構ストーリー性のある妄想をしているんだね。そういえば僕も時々もらうぞ、そんな感じの券」
白雪からもらったのはおやつ券だし。さすがにこの手の方向では霙お姉ちゃんほど使いこなしてはいないけど。いまでも高くそびえるのはやはり偉大な姉の壁なのか……超えるべきなのかよくわからない壁だし、そもそもシスプリSSだからこのくらいにしておこう。
「お兄ちゃん、可憐からもらった券はどうして肩たたきにしか使ってくれないの?」
「昔からよくもらっていたのが肩たたき券だったから今でもそうだと思っていた。最近は文面が違うのかな」
「せっかくなんでもしてあげる券なのに」
「お兄様が私からもらった券も肩たたきに使ってしまうのは、そういうことだったのね」
それはたぶん咲耶の場合は踏み込むのに覚悟がいる領域があるからだね。キスマーク付きの肩たたき券はあんまりないと思うし。
でも、いつか勇気を出して進むべきかと悩んでも、首輪はやっぱり違うからなんとかしないとな。どうしよう?
「ピンポーン、兄やー」
チャイムが鳴るから口でチャイムの音を出さなくても大丈夫だよ。いらっしゃい。
「今ちょうど亞里亞の話をしていたんだけど、もうせっかくだから本人に聞いてしまおうか。誕生日にほしいものある?」
亞里亞は今流行の首輪を兄やにつけてほしいと思います」
「ええー! そういうのあんまり興味なさそうだったのになんで今回だけ!?」
いや興味なさそうだったのはプレイの方向じゃなくて最新流行とかそのことだよ。ややこしい言い方になってしまったがともかく。
亞里亞も女の子なんだもの。だんだん女の子らしくなるの」
「そうか、そうだよね」
「おうちの使用人みんなにも首輪をつけてもらいました」
「なんという行動力」
「でもやっぱりいつも亞里亞の一番好きな人は兄やなんだもの。一番なんでもお願いしたいから、兄やは一番亞里亞のことを大事にしてください。はい、首輪です。これを付けていつでも亞里亞のことを思ってね」
どうしよう……いやもう仕方ないから普通につけるつもりだけど。千影が何とかして明日にはちょっと変わった習慣もなくなっていると適当に信じている。ならなかったらその時はまたその時だし。
「だめよ、お兄様をひとりじめなんてさせない! そんなことをしていいのは私だけなの!」
咲耶が首をガードする格好で飛びついてくる。咲耶、たぶん亞里亞はそんなに深い考えはないだろうから大丈夫だよ。まだ子供だし。女の子らしくなるって言ってたけど。期待はしている。
「わあー! 咲耶ちゃんが兄やの首輪だったのね! 亞里亞もそうします」
妙な誤解をされた。
「可憐もそれならためらいなくできます。お兄ちゃん!」
三人分の体重。あと、亞里亞の後ろをしずしず進んできたじいやさんが首輪をしながら助けを求める目をしているけど、僕も今ちょっと助けてほしいようなこのままで問題ないのでもっと堪能したいような感じなのでもうちょっと待っててください。
鈴凛もいいんだよ。あと一人分くらいなら大丈夫だから」
「あ、うん、ちょっと待って、手のひらに人という字を……」
なかなかストレートに飛び込んでくるのは大変らしい。
素数を書いたほうが落ち着くんだったかな……」
落ち着くまで時間がかかりそうだぞ。
「おにいたま、遊びに来たよー! わーい、楽しそうなことしてるー!」
一人分が! あ、でも鈴凛の分ならまだ若干の余裕があります(こん平師匠)。
「おにいたま! お友達のユナちゃんだよ!」
「わーい! よろしくお願いします!」
気が強い真姫ちゃんみたいな子だね! 家族が多いからちょっと大人っぽく見える場合もあるかもしれないね! 雛子と同年代かもしれないけど!
「ねえあにぃ! 今日も一緒に走ろうよ!」
「今日はちょっと難しいかもしれないなあ。しかし衛の誘いなら断れないな。やってやるぜ!」
「ええっ!? なにこれ!?」
「お兄様かっこいいわ!」
「兄や、こんなに素敵な誕生日は、亞里亞は生まれて初めてなの」
咲耶亞里亞シスプリSSなのにユナちゃんもとりあえず一時的に離れるという考えが思い浮かばないみたいだが、そっちがそのつもりならそれで特に問題ないな。
「というわけで鈴凛、この状態で町をランニングしても問題ないという新しい流行を」
「うんアニキ、それはたぶん無理だと思う」
そうかなあ。
「でもアニキがやるつもりなら、私もがんばってみる! 私だってアニキの妹だもん」
鈴凛
「ふう……なんとか決着をつけたよ……これでしばらくは表面的には何事も起こらないように見える日々が……」
千影がなぜか部屋の奥から出てきて、一瞬立ち止まっていたが
「私も自分で意識しないまま……こんな魔術をかけられるようになっていたのか……」
どんな納得の仕方だよ。
「やっぱり昨日の夜に見たあの夢……あの時に魔法がかかっていたんだな……」
そんなにひょいひょい魔法をかけてもらっても困るけど、今までいつもこんな感じだったのに困ってばかりとは限らないからいいのか?
「じゃあ、亞里亞の昨日の夢も、魔法をかけていたの?」
亞里亞ならありそうだね。
「私だって、お兄様に魔法をかける夢ならたくさん見ているもの」
咲耶くらいになるとちょっとどうなのかという気もしてくるけど、かわいいからいいかな。
「可憐も毎日、お兄ちゃんの夢ばっかり見ているんです」
それは何か違う話かもしれないね。
「私だって……アニキの夢を見る機械くらい作れるもん!」
走って帰って行ってしまった。鈴凛ー! いつでも飛びついてきてもいいのに!
それを見送っていたじいやさんはどうしたらいいのかわかりませんよね、すみません。そろそろ亞里亞に言っておきます……いや、もう少し亞里亞にくっついていてもらってもいいですか? すみません。