『アラビアの夜』
蛍の小さい頃。
それはもう、だいぶ小さかった頃で
ママやお姉ちゃんたちに手を握って連れて行ってもらうより
抱っこして運んでもらうのが好きだった子供のとき。
それが全然無理じゃなかったくらいの蛍の体だった……
というのはママにお願いしたときだけで、
海晴お姉ちゃんでもまだ抱えてもらえるほどじゃなくて。
そのまま蛍はすくすく育って、あのときのお姉ちゃん追い越して
今は、まだふんわり夢のような大きさの妹たちを
抱っこして運んであげたらうれしい、
そんなお姉ちゃんになってから
思えばずっと昔のような、少し前のような
昔と変わらない家の中のいくつかの場所に
同じ色合いの景色を見つけたら、すぐ思い出せる楽しいこと。
それはあの頃、
ママの胸の中や、ときどきは椅子に登って危ないって叱られる高い位置で
たぶん、お兄ちゃんを見つけてすぐ登るあーちゃんみたいに目を輝かせて
見回す新鮮な景色とか。
日が落ちるまで家の外を走り回った後の薄い暗がりで
知らないうちに変わっていた夕焼けのいっぱいに広がる色や、
汗ばんだ肌を通り過ぎる、冷え込んで急にひんやりした風の気配を
たった一人自分だけが見つけた特別な発見だと思って、胸の宝箱にしまって
大事にしていたかすかな記憶だったり。
他にも、どこにでもある変わった形の葉っぱや
指先くらいのきれいな丸い実をしげしげ眺めて
しまいこんだポケットの中身は、そのまま洗濯機でぐるぐる回されて
後で思い出して驚いてしまうなんてことをまだ知らないまま、
世界のどこにもない立派なおみやげを見つけるつもりで座り込んでいた
おしりにざらざらする砂の感触もそうでした。
何より、小さい子に読んであげる寝かしつけの本の途中で
今も蛍はあの頃と変わらずに信じていると気がつく、
不思議な魔法が起こるような予感。
閉じたまぶたとぼんやりする思考の中に溶けていく感覚は
今にもきらめく星の粒が降りてきてはじまるような
もうすでに体中がすっかり包まれているような、不思議な国で起こる出来事のにおい。
どんな魔法もステッキひとふりで目の前に現れる世界と同じ空気で呼吸しているの。
子供の頃はいつもそうだったし
今も忘れてはいない。
呼び出したらすぐにあらわれてくれる、
不可能なはずのお願いを、おまかせくださいの一言で全部叶えてしまう魔神だって
本当にあると思って探している。
まさか、そんなどこにでもいる当たり前の魔神よりもずっと、蛍のことを見てくれて
願いを叶えて、まだ幼いかもしれない妹を誰よりも幸せな女の子にしてしまう人が
この家族の一人だったなんて。
想像もしていなかったくらいに不思議な魔法を
毎日いくつも、次から次へと数え切れないほど
大きな手のひらにのせて見せてくれます。
絵本のような世界も本当にあるかな、とはなんとなく考えたこともあるけれど
実際にもっとすごい魔法が数え切れないくらいに
もし止めようとしたってどうしても止まらずに
もちろん、止めようと思ったことはないとして、とにかくめまぐるしく
とんでもない魔法がきらめいて乱反射する蛍の毎日。
大きなお姉さんになったら、ここまで大騒動だらけなんだとは
実際にそこそこ成長してみてから初めて知ったこと。
でも、いつかはなりたかった未来。
予想もできないその瞬間の訪れを待っているだけでは我慢できなくて
無邪気な毎日に、楽しいことがまたやって来るのは
いったいあとどれくらい先なのかと考えていたら
自然と身につけていた。
いつの間にか、話を聞いて自分でお勉強もして
的中率は蛍の腕ではいまひとつながらも
半信半疑で試していた
それは、小さな魔法を起こすための祈りの儀式。
もうすぐ訪れる未来をほんの少しだけ早く教えてほしいトランプ占い。
いつか起こるはずのできごとは
蛍のうれしい幸せ、
一人で乗り越えられないかもしれない悩み、
意外と普通に過ぎていく忙しい日々や
見逃しそうでも蛍の手元に暖かく残るよろこび。
いつのことなのかな。
その時の蛍は、どんなふうに毎日を過ごしているの?
まだあんまり当たらない占いですけど
魔法はあるんだもの。
数え切れないほど届けてくれた人がいるんです。
せっかくトランプを並べてみたついでに
お兄ちゃんは、何か占ってほしいことありますか?
なぜか自分の未来はあまり分からなくて
あーちゃんにのぼられては、よく驚いてしまうお兄ちゃん。
蛍にたくさんの世界を見せてくれた魔法使いさんに
たまには、蛍も何か不思議ができるんだっていうところを
見せてあげたくなるときもあるんです。