真璃

『ムーンシャイン』

夏休みがはじまって、もう何日?
家族がみんな揃うから
騒がしさは相当なものになって
一日中、
マリーを呼ぶ声が
家のどこかから聞こえてくる。
マリーと遊んでほしい
小さい子たち。
マリーを連れておでかけしたい
お姉ちゃまたち。
お休みを自由に過ごせる
特別な夏の日、
輝く思い出を作りたくて
かわいいマリーを連れ出したいと
みんなが思っている。
いそがしい、真夏の楽しいお休み。
そんなあわただしさで
汗びっしょりになって駆け回ったあと
そろそろおままごともおしまいにして
これから女王は宮殿で、愛する人とパーティーよ、と
子供向けのごっこの大きめネックレスや
ちっちゃいおちゃわんのあかちゃんたちをしまいこんでいたら
セミの鳴き声も途切れて
すっと吹き抜ける涼しさを、こかげもけむしもみんなが味わっているような
暮れかけのお日様にまたねと手を振るアンニュイなそよ風。
せかせか片づけを済ませる妹たちが
さあ帰ろう、と跳ねだすときまで
襟元をさわやかに通り抜けていく夕方の空気を
気持ちよく迎える
少しの間だけ、落ち着いた大人の時間。
こうして、汗が引いてくれたら
このあとに待っている次の大騒ぎのお風呂では
チビちゃんたちの世話をする余裕が少し増えるかしら?
たまに訪れる、夏のぎらぎらした毎日に
白紙のまま残しておくような空白。
夏休みが始まったばかりは夢中になって
ほんの一瞬も逃したくなくて、
両手をいっぱい広げてかき集めていたお楽しみだったのに
だんだん余裕ができた頃には
涼しい静けさの中、ゆっくりする気持ちよさを発見してしまうなんて
マリーはもうすっかりお姉さんなのね。
そんな時間もたまにはいいけれど
でもやっぱり
もったいない気もするな。
みんなが揃うにぎやかな毎日。
そろそろ、夏休みも
もうひとつ盛り上がりがあってもいい頃ではないかしら?
旅行は一週間も先だから、まだ本格的な準備でもないし。
何かあるかしら。
だんだん当たり前になりつつあるこの日常の光景を
さらに胸弾ませる特別にさせる何か。
朝起きてからのエレガントなマリーの体操や
旅行の前に宿題を仕上げたくてがんばるみんなに
チアガールマリーの応援や
かわいいマリーを隣に歩く庭と
少し足を伸ばす町並みの夏のきらめく景色に
一点の鮮やかな色彩でマリーが印象付けられる
お似合いのお帽子で隠れそうな笑顔を投げ合う真夏のお散歩だとか
そういうのはもうだいぶ堪能しているから
新風を吹き込む鮮やかな何かね。
海の向こうからやって来る船のマストが
水平線の向こうからだんだんと姿を見せるような
ときめき!
フェルゼンは
夏休みを楽しんでる?
今このときしかない、夏の貴重なお休みをちゃんと
一日も無駄にしないで、マリーたちかわいい家族と一緒に
絵日記に残せそうな輝く思い出を積み重ねている?
規則正しく予定通り過ごすのもえらいけれど。
お休みでも学校の用事がある氷柱お姉ちゃまをエスコートしたりだって
それはもちろん大事なことだわ。
でもせっかくだから、みんなで過ごす時間を
もっと特別なものにしたいっていう気持ちは
家族の誰もが、胸のどこかに抱えているような気がする。
夏休みが終わってしまったら、もうこんなに長いことみんなで遊ぶチャンスは
なかなかないかもしれないもの。
やりたいことがあるなら、今のうちに。
できることをできるだけ、叶うなら全部。
なんでもする時間があるのが
マリーたちの夏休み。
フェルゼンも、やりたいことを全部口に出してみて
マリーを毎日ドキドキさせてくれないといけないんだから。
涼しい夕暮れに、ちょっとゆっくりするには
マリーはまだまだ
フェルゼンと夏をぜんぜん楽しみ足りないということに
やさしい風の中
とつぜん気がついたわ。
だめよ、マリー。落ち着いている暇なんてない。
愛の日々を駆け抜けなくては。
というわけでマリーの今日のお願いは
いつもはなかなかできないような
楽しいことをしたいと考えたときに思いついた最初のこと。
好きなものを入れて
お好み焼きを作りましょう。
いいわよね。
えびはぷりっと。
キャベツと天かすが
さくさく感のハーモニー。
いかや豚肉の定番に、焼きそばを入れて満足感をアップさせてもいいし
変わったところで、おもちとチーズもいれるとおいしいらしい。
なんでも試そう!
おなかがもたれたって、ゆっくり休めば大丈夫。
明日もたっぷり遊ぶ時間があるから、焦らないでも大丈夫。
もし入れてみたいものがあったら、フェルゼンも言ってね。
こんな時間があるからできること。
夏だからこそ、今が挑戦するときだと思うの。
マリーの心が鉄板みたいに熱く燃え上がってきた。
いっぱい乗せて楽しみましょう。
その後は、おなかがいっぱいで眠れないのを言い訳に
たまには夜更かしもできたらと思うと
なんだか胸がドキドキする。
昼間はあんなに青い色と、くっきり白い雲の
何もかもを鮮やかに浮かび上がらせる真夏の風景。
夜になったらどんなにきれいな月が浮かぶのか、
正直なところを言うとまだマリーは
はっきり見たことがないの。
きのうは、霙お姉ちゃまは
あんまりみんなに不規則な生活を勧めたらいけないから
夜更かしをするとしたら秘密だって言っていたわ。
しょうがない霙お姉ちゃまね。
内緒を楽しむなんて
ふだん落ち着いているように見えて、かわいいところもあるのよね。
マリーはまだ、自分で思っているほど遅くまで起きていられなくて
あまりにも早く、すとんと眠り込んでしまうので
びっくりして朝は飛び起きるほど健康的な毎日。
一日だけでも、いつものスケジュールを抜け出して
大人になれる予感がふくらんだら
そんな日は、
フェルゼンも、マリーがたまにはお姉さんっぽく
愛しい人とふたりで秘密の時間を過ごす経験をしてもいいと思う?
だって夏だもの。
一緒にいたい人、みんなと楽しく過ごして
やりたいことをしなくっちゃ。