綿雪

『マーメイド』

きらめく虹の色よりも
今日はちょっとだけカラフル。

ももにメロンに
ぶどうはおおつぶこつぶ。
硬くしまった実になみなみ詰め込んだ果汁で
青りんごや夏みかんは弾けそう。
バナナの熟した色合いの向こうに
ふいに柔らかな甘さを思わせるマンゴーの香りもしてくるよ。
いつもはみんなで分けられるように
春風お姉ちゃんや蛍お姉ちゃんがとってもきれいに切り分けて
お皿にもりもり、
真夏の収穫が、ユキたちのおうちでもあふれそう。
小さい子も上手にフォークで、手づかみで
たいていは同じお皿からもらいます。
みんな、ちゃんといっぱいおいしくいただける?
ゆっくりしていたらとられてしまって
あんまりたくさん食べられなかったなんてことはない?
ところが今日は
よい子で並んで分けてもらうぶんは
一人に一個、
みんなが同じだけの
じゅうぶん満足の量を
ひとつづつ。
それは、今年の夏のいただきもの。
ゼリーにする?
プリンにする?
もしも早い者勝ちにしてしまうと
人気の味はすぐになくなってしまいそうだから
ほしい人で話し合いをして、それからじゃんけん。
ゆっくり迷っていたら
気がつくと、何も選べずに残り物だけになってしまう。
ほしいものがあったら
遠慮はしないで大丈夫。
どんどん前に出てきてね。
がんばって。
もしもじゃんけんに負けてしまっても
どれもおいしい宝物ばかりだから
落ち込む理由なんてないよ。
それに、みんなが揃う楽しい時間なのだから
物足りない思いなんて絶対しない。
一日の一番大事な時間になって
ベッドで目を閉じて思い返すときの
いっぱいの出来事の中に、必ず浮かんでくるはずです。
今日は色とりどりのひとつが、ユキの小さな手に。
みんなと同じように
つかんだ、虹色の景色のひとつぶ。
絵本で見た森の中みたいにきれいな、
それとも、大人の人がおめかしをしたお写真のような、
よく似たものでは
テレビで見たことがある世界一の宝石と同じ透き通った色の光をしている
ユキがもらった甘いおいしさ。
まだ子供だと、たくさん食べられるか心配だけど
両手で包むかわいいゼリー。
何もかもが強い光で、ときどき怖いくらいにぎらぎらしてしまうお日様の光に
くっきり強い色で輝く夏の景色を
ちょっと怖がりの子にも分けてもらえるように
ぎゅうっとまとめて手のひらに置ける形にしたら、こうなるの?
お兄ちゃんと比べると小さなユキのスプーンにのせて
口元まで運ぶ、まぶしい色。
溶けながら広がる甘さは伝えてようとしているみたい。
夏は何もかも、こんなにきれいな色をしていて
手に取ったらうれしいものがどれだけあるのか
これから目の前にあらわれる思いがけない何かが
きっと数え切れないほど。
今日は、本物のくだものはなかったの。
ゼリーやプリンが一つだけではなんだか
育ち盛りだって体を動かす立夏お姉ちゃんが、少し物足りないみたい。
ユキはこんなに胸がいっぱいなのに、不思議ですね。
きれいな夏の景色をみんなで分けた思い出だけでは足りずに
もっと夏の出来事を詰め込むなんて
大人になったら出来るようになるのでしょうか?
ユキがもう少し大きくなったら、なれる?
もうこんなに大切なものでいっぱいなのに
まだまだ元気な声を出して、うれしいものを集めようとして
絶対それが叶うんだと、決して疑いはしないで。
これ以上を望んでばちが当たるんじゃないかなんて臆病にならない。
もっと素直に。
大好きな人たちと、楽しいことがいっぱいあったらいいと
自分には無理かもしれないなんて寂しい予想はしないで。
あんまりわがままを言ったら嫌われそうだとか
考えている余裕もない。
目の前が、きっとこれから見つけられる喜びの予感でいっぱい。
そんなふうに過ごせる大好きな人たちと、これから一緒にいて
もしかしたら今年の夏くらいには
ユキはもうちょっと大きな声ではしゃいだりできるかな?
土曜日には家族みんなで旅行に出かけます。
お天気の番組だと、その頃は台風が近づいて雨になる予報。
ママの事務所の保養所は、夏の忙しい時期は利用している人がいないから
もしかしたら予定が前倒しになるか、台風の後になるか
計画が変わることもあるからね、って。
どうなるにしても、旅先のおうちをみんなでお掃除して
自分たちでご飯を作ったりして
なかなか観光に回れなくなることもあるかも?
というのは変わらないから、
なんだって。
ユキもできれば家事のお手伝いをして
みんなとお出かけする時間ができたらいいと思うけど
やっぱり、体の弱い子がそんなに張り切っても役に立たない?
鎌倉を観光して回るとすると、見所はお寺が多くなりそう、
と海晴お姉ちゃんが旅行の本をいっぱい読んで、ユキたちにも教えてくれます。
いいことがいっぱいありそうな気がして
このままだと、いつもよりわがままを言って困らせてしまいそうなユキに
お寺がたくさんある行き先では、悪い子だと罰が当たったりしないかな。
でもユキは考えてしまう。
お日様の色や夕焼けの色、すっかり日が暮れたようなぶどうだとか深い色を分け合って
暑い夏のにぎやかさを家族の大切な思い出にするような
楽しい時間を過ごしていると
きっと見たことのないほど青い海や、深い山の緑も
全身で気持ちよく泳いで渡れるような
今までの臆病なユキとは別の生き物に変わって、
知らなかった幸せをみんなともっとたくさん
こんなユキでも体の中に幸せをぎゅうぎゅう押し込める量が
今まで思っても見なかったほどになってしまうのではないかと
ありえないと自分のどこかでささやいているとしても
どうしても望んでしまう。
その時にユキが変わってしまう新しい何かは
もしかしたら、そんなに急に健康になるわけではないとしても
いつもお兄ちゃんたちがくれた幸せを思いながら、暮らしています。