『くらやみ』

目を閉じると。
夏の日差しの中でも
かすかに差し込む影が
そっと抱きしめる懐かしさのように
休息の気配を運ぶ。
あまりに毎日暑さが続き
夜になってもまだほんのり熱が残って
開いたままの窓から吹く風を
心地よく感じていると
いつのまにか、さすがに外も冷えて
肌に直接当たる風は少し刺激が強くなる。
ときどきちょうどいいくらいの時間を見計らって
閉めて回ったり
各自で調節したり。
ゆっくり体を休めるには
少々、寝苦しい暑さが続く毎日だから
昼寝の時間をとって、暑さを避けて休みをとろうとするのは
なにもなまけているわけではない。
なぜか私が強く主張すると、かえって信じてもらえなくて
隙あらばだらだら
夏を言い訳にして、好き放題に転がっているだけに見られているような反応。
もう少ししっかりしたほうが、とか
あんまり体が弱って感じるなら元気が出るメニューを、とか
元気が出るコスプレを、とか心配されているが
大丈夫だ。
弱っているわけではないし
もちろん夏の暑さにかこつけて必要以上に怠惰を貪り
転がって回っているなどというわけではない。
海晴姉などは、私の日常を見て
おそらく秋になっても何か理由をつけて寝転がっているに違いないと言うが
うん。
まあ、秋はゆっくり過ごす時期だし。
ともかく、夏の暑い日はひとやすみの時間をとるのも必要なこと。
お昼寝をした後、いい子で分け合うおやつに
今日はこんなのがいいだろうと口を出すのだって
別に私の趣味を前面に出して
海晴姉が仕事でいない間の最年長として権力を振りかざし
我が家のおやつ事情を一手に牛耳ろうとしているなどという目的など
もちろん持っているはずもなく
暑くても炎天下で遊んでいたい小さい子たちを日陰に誘い込むために
きちんと休みをとった子に魅力的なおやつを提案するための
毎日の努力であると
ちゃんと心情を把握して評価してくれる人は少ない。
褒めてもいいんだぞ。
偶然にも私の趣味が家族の役に立つ可能性があって
少し張り切っているという形であり、
それは、私が自分の趣味だけを貫き通そうとしているのとは
一見同じように見えても、まるで違う現象であり
だらだらして
甘いものばっかり食べて
計画性のない夏休みを過ごしているということなどはなく、
ちゃんと、
友達同士で写しあう宿題は
自分の担当は予定通りに進めているのだから
短いうちにたちまち終わる儚い夏休みを楽しむこともなく
だらしなく過ごすなど
この私に限って、ありえない。
家族と共に快適に過ごしたいという努力を続けているだけ。
しかし、あんまりおやつ選びに口を出していると
春風が勘違いして
もしかしておやつ作りに参加したいの?
霙お姉ちゃんも女の子らしい趣味に目覚めるなんて
やっぱり王子様にいいところを見せたい気持ちだから?
わかります、よくわかります、
恋のライバルが増えてしまうのは心配だけれど
姉妹で仲良くおやつを作る楽しみが増えるのは
これも我が家の素敵な王子様が届けてくれた新しい幸せなんだもの、
きゅんきゅん!
と、なってしまって
蛍の差し出すエプロンも
クールに見える霙お姉ちゃんにも
こんな日が来ることを信じていた、と言って
甘さを抑えて黒を主体とした配色で渋くまとめつつも
女の子らしさをさりげなく盛り込んだフリルのメイド服を
真夏の太陽にも負けないまぶしい笑顔ながらも
少し自信がなさそうにおずおずと両手に捧げ持って現れ、
このままではまずいと思って逃げ出したのは
つい数時間前のこと。
このままでは私は
自分のおやつを自分で的確にコントロールして
愛する家族と自分の好きな甘味を分け合える
できる姉へと変身を遂げ
あまり女の子ほど甘いものが特別に好きというわけでもない雰囲気の
我が家のただ一人の男性でさえも
名前入りのマイスプーンを手に午後三時を待ち遠しく思うなんて
そんなことになってしまったら
この私も、おそらく張り切ってしまって
毎日一生懸命家族のために食事を作ることに夢中になって
なかなかこんなふうに、適当な雑談をする機会がとれなくなってしまう可能性は
決してありえないとも言い切れない程度には、存在しているはず。
春風と蛍の得意分野に、いきなりそこまで踏み込んでしまっても気が引けるから。
たまに口を出すくらいが私にはちょうどいいと思う。
そうしておやつの時間にみんなを呼び集めて
本当にいいものが待っているんだと言うくらい。
だから、いい子でおやつをみんなで楽しみたかったら
暑い時間はお昼寝をして日陰で休むのも大事なんだと教えてあげることなどが
別に、家庭内で二番目の年長としての権力を主張するつもりのない私の役割としては
適度であり、なかなか悪くないものではないかと思う。
暑い時期だし。
こんな気温の中を、あんまり暑苦しく張り切っているような
最近の氷柱みたいな子を見かけたら
この広大な宇宙の中で
そんなにせかせかすることはないのだと教えてやるのが
私の性格にはちょうどいいような気がするし。
だから、あまり暑い時間帯は
日陰を選んで目を閉じ
宇宙のような雄大な暗がりに身を潜め
ひとときの静けさと、そよそよ感じる風に身を任せ
この貴重な休息の時間を
その後に期待しているお楽しみと共に思い
身を任せるのも
大事なことなのだと──
先に立って行動し、みんなの手本になるのが
私がこの家でできるそれなりの仕事だと
気ままに思い込むことにして、
暑すぎる夏には必要な一眠りへと誘うとしよう。
万が一、昼寝をしすぎて夜に眠れなくなる子が出てしまうなら
私の部屋へ呼んでもいい。
たまには、少し夜更かししてしまうのも
その場にいる者だけの秘密にして
星の話でもしながら、眠くなるのを待てばいい。
ほんの少し前、今年もにぎやかに通り過ぎていった七夕の日に
私たち家族みんなが願いを込めたあの星は
今頃はどこにいて、どんなふうに進みながら
この私たちの星に光を投げているのだろう?
もしかしたらこの瞬間も、私たちの願いを乗せて
叶えようとしてくれているのならば、
願いはどんなふうに思いがけないときに叶うのだろう?
短冊に込めた気持ちを思い出しながら
果てしなく広い、どこまでも続く星空を見つめて
またたくひとつひとつの星を指差していたら
それはまるで昔、私が眠れない夜に同じことをしていたみたいに
海晴姉を困らせながら、
数え切れないほどに散らばった輝きのひとつずつに思いを馳せているうちに
いつのまにか、枕を引き寄せてそばの布団の海に横になり
次の日の夏をまどろみの中で楽しみに待っていた
あの子供の頃の時間をなぞって
今は胸に抱いたり、腕を引き寄せて寄りかからせている
まだ小さく思える弟や妹たちの、輝く瞳に
今日の眠りが訪れるのを待っている。
はしゃいだ一日の終わりを、落ちていくまぶたと訪れる静寂の中で
ひそやかな、まるでこの家のみんなと共有する秘密のような
安心できる夜の眠りへすっかり入り込んでいくまで
かすかな星明りの下で
星よりもまばゆいくらいの夜の眠りに
落ちていく家族たちを
どんな夜も。
いい子に過ごしてほめられたり、大変な騒ぎの中心になりっぱなしだったり
それぞれのいろんな日々を過ごしても
愛しく思う気持ちは変わらずに
私の家族たちが眠りに落ちるまで
ときどき目を伏せて
かつて過ごした時間を思い返すような
今を記憶に焼き付けるような
まぶたを閉じてくらやみに沈む時間の中で
いつも変わることなく、
ずっと、
私の家族のことを思っている。