綿雪

『花泥棒』
世界中の全てが──
目に映るものと
知っていることと知らないことの
何もかも、
おみやげのお菓子も
どこかになくしたキレイなまりも
残らず全部が大好きだと言ったら、
お兄ちゃんは子供の言うことだと
笑うでしょうか──
きのう、小さな虹子ちゃんたちが
楽しく遊んだ小さなまりは
お姉ちゃんがくれたお気に入り。
かわいい刺繍がきれいで
色鮮やかで
もしもどこかに神様がいたら
必ず見つけ出して
大好きになって──
自分のものにしようとして
持って行ってしまいそう。
みんなで遊んだ昨日から
見つからないというから──
線路に乗って
みんなの知らない遠くへ、
ユキたちがそこへ着くより
少しだけ早く──
たどりついたのだと思います。
いつか、これから先に
なつかしいまりのおもちゃと、どこかで出会ったら
ユキは驚くのでしょうか。
それとも、やっぱりそうだったと思うのかな。
あんなに好きなんだから
また必ずって
そう思っていたと──
お兄ちゃんは、いつか遠い未来に
もしかしたらおうちにもいなくなったくらい先に、
背が伸びて大きくなったユキが会いに来たら
もしかしたら
おどろくのかな──
お兄ちゃん、聞いてくれる?
ユキのお部屋はものがそんなに多くないのに
お部屋の主は
お片付けが上手じゃなくて、
捨てないといけないものを大事に持っていたり、
手放してしまったことを後でもったいないと感じたりして
とても将来は整理整頓ができる女の子には
慣れそうにない気がする──
と言っています。
そんな話をしていたら
海晴お姉ちゃんもそうなんだって言ってくれたの。
優しいお姉ちゃんと
楽しくお話ができたなら
それでいいのかもしれないな──
今日、ユキのお部屋に
新しくやってきたお宝は
お菓子の空き箱。
きれいで大人っぽい色合いで、
みんなは捨てないのって言うけれど
ユキはなんだかそんな気になれないの。
もしも──
遠い未来に
お兄ちゃんに会いに行ったら、
あのときのユキは
よくわからないものを大事にして
とっておこうとしていたねって
そんな話をしたいの。
いいですか──?
お兄ちゃんは
その時、楽しそうに笑うユキを
今と変わらずに優しいお顔で
見ていてくれますか──

虹子

『せんろはつづく』
がったん
ごっとん
こどもたちのところへ──
ふるくなった
でんしゃのおもちゃをもって
うららちゃんがやってきた!
やったー。
まっていたよ。
こんどこそ──
ながいせんろをつくって
でんしゃをどこまでも
つれていこう!
よういしておいた
がようし。
ちらし。
カレンダー。
たくさんひろげて
でんしゃはやまへ──
やまからうみへ。
うみから──
とおいくにまで、
こどもがりょうてに
だいじにかかえた
ちらしがあれば
せんろはもっととおくへつづく──
なにしろ、なんでもかんでも
せんろがあれば
そこをとおるのだから。
うららちゃんの
あおいでんしゃ、
まるいでんしゃ、
ユキちゃんのころがす
かわいいまり。
にじこのすなだらけのボール。
みんなのクレヨン、
こさめちゃんのおとしたウインナー、
まどからはいってきたむし。
そしてついには
あさひちゃんまでが
せんろをとおってとおくへいこうとする。
ゆけゆけ、
せんろをとおるもの。
いますぐに──
にじこがせんろをつくって
つなげるからね──
ほらみて、
ちらしは
まだまだたくさん
こどもたちがりょうていっぱいに
はこんでくるからね。
やまでも
うみでも
おにいちゃんのおへやまででも
いけるからね。
おなかがすいたら
おやつにすわるテーブルのそばへ
えきをつくるよ。
ここは、いいにおいのする
ホットケーキえき。
もうすぐ
にじこがせんろをつなぐよ──

夕凪

『あついおもい』
パンチだ!
キックだ!
夕凪のこぶしが熱く燃える。
情熱まんたん、
フル充電状態の
夕凪が始める今日のお手伝いは──
皿洗いに
草むしりに
お風呂掃除。
がんばる!
でも、雨が降ってきたから
草むしりはしないでいいの。
ええっ!
すっかりお手伝いの気分だったというのに
どうしよう──
仕方がないから廊下の雑巾がけだよ。
気が付いたらいつの間にか汚れている。
夕凪も雨の日は
どろだらけで帰ってくることがあるからなあ。
そうして拭いていたら
氷柱お姉ちゃんがやってきて
あら珍しい。
悪いものでも食べたの?
だって。
ひどーい!
がんじょうな夕凪は
悪いものを食べたくらいで変にはならないよっ。
じゃなくて。
あるいは気の早いハロウィンの怪物であろうか──
まるで何かが夕凪にとりついたかのよう。
だという。
そんなに──?
いつも、言われたお手伝いは
それなりにこなす夕凪だって
お兄ちゃんは思わない?
いったい
今の奇妙な態度、
夕凪にとりついて動かしているのは
神か悪魔か。
おばけかばけねこか。
食べきれずに残したお魚のうらみか──
じゃあ、雑巾を洗いに行かなきゃ。
汚れたついでに
トイレによって掃除もしておこうっと──
いってまいります!

『幻戯』
家の中の見回りも
ようやく終わった。
日頃から気を付けていたようでも──
注意して観察してみると
倒れそうな場所に置いてあるものは
意外と多くて、
この間より──もう少し大きい地震が来たら
誰かがけがをしていても
おかしくなかったと言える。
片付けたり、固定したりの作業が終わるまで
小さな子たちは邪魔をしないで
いい子で大人しく遊んでくれてよかったな。
ただ、不思議なことがあって
地震の後から出てきたものは
よく遊び相手になってくれたお人形も、
着物も太鼓も何かの用紙も
すっかり消えて見つからないそうだ。
あれが子守をしてくれたから
ずいぶん楽に作業が済んだのだから
感謝をしておきたかったのだけど。
どこからやって来た
何者だったのかは
もう誰にもわからないままになるんだろう。
なにしろ何が起こるかわからない
大きな宇宙の
ほんの一部で起こった出来事だからな。
世の中、そういうことはときどきあるんだ。
たいして気にする必要もない。
でも、わざわざ大家族にやってきたのだから
やがてこの家に生まれる小さい子が
本当にこの騒々しい家族に生まれて大丈夫なのか
心配になって様子を見に来たというのが
ありそうな線だと思うのだがどうだろう?
誰も読めなかった文字も、
あるいは昔のものではなくて──
まだ誰も知らない遠い未来から来た手紙だったのかもしれない。
はたして私たち家族は
目に適ったかな?
まあ、いいことがあるとしたらいずれわかるだろう。
また、ご先祖様が助けてくれたという説も捨てがたいが
お盆にしてもハロウィンにしても
ちょっぴり時期がずれている気がするな──
それとも、家族の人数が多い家系なら
どこかのご先祖様のところで
今くらいの時期に帰ってくるお祭りをする習慣があったのかな。
いつか答えが出るかもしれないし──
みんな細かいことはすぐ忘れてしまうかもしれない。
なにしろ毎日がお祭り騒ぎのようなものだからな。
たとえば、オマエも知っているだろうが、カレーを作る準備には
じゃがいもの皮むきというものがあるだろう。
刃物を扱うから怪我をしないように安全に──
でも、できればおなかいっぱい食べてもらうために
なるべく手早く──
日頃から鍛えた自慢の腕を見せる機会は
いつも多いのだ。
私も味見役ばかりをしていられない日はたくさんある──
ほら、呼んでいる声はおそらく──
地獄でも天国でもなく
キッチンの方から聞こえている気がするぞ。

吹雪

『もっともっと』
にゃんにゃん
るんるん
♪──
──
氷柱姉の使っていた太鼓は
急に力をたくさん加えたのと
無理に引っ張り合ったりしたので
調子が悪くなったようです。
夕凪姉はがっかりして、
星花姉は慰めて、
ユキはある時見たことがあると
思い出したものの話を
はじめました。
どこかで見た
とある押し入れには
歌の楽譜が山になって埋もれていて、
それを見ながらみんなで
歌うことができないかと──
太鼓をたたくのと同様に、
音楽理論を知らずとも
誰でも歌うことはできます。
キミは疑問に思いませんか?
単純な太鼓のリズムと比較して
歌詞を覚え、音程を学び
発生にはお腹に力を込めて──
複雑な手順でありながらも
小さな子供だって歌い方を知っているのです。
同じことを機械に覚えさせようとしたら
ある程度の専門的な技術を使って
長く地道な作業が必要になるはずです。
もしかすると──
あさひも青空も
私だって知らないうちに
地道な作業をしていただけかもしれませんが。
私は歌が得意ではないので
練習をしなければなりません。
ちゅうちゅう──
るるる。
そういえば、地震でできた隙間からも
何かが書かれた紙が見つかったようですが
昔の文字で誰も読めないままになっています。
それも人間の残したものであるならば
歌である可能性はある──さて、どうでしょう。
人が歌を好きであるらしいのは
私の家族を見ていてもその傾向が見つかるのです。
歌詞、
音程、
リズム、
また練習──
ユキからも夕凪姉からも星花姉からも
みんなから教えてもらいながら、
上手くなっても下手なままでも変わらず
私はどうも歌を歌わなければいけなくなっている状態に
あるようです。
地震が原因なのか──それとも人間に生まれたことだけが理由なのか。
私の歌は
今のところはまだ、まったく上手とは言えないままです。

氷柱

『扉』
てんつく
てんつく
すっとんとん。
地震でできた
すきまから
湧き出るように出るわ出るわ、
いつのものだかわからない
お人形に帯に着物に
太鼓に笛におもちゃの指輪。
どう考えても
物置の奥にこんなに詰め込まれていたなんて
大問題ね!
もう少し大きい地震だったらどうなっていたことか
想像するだけで怖ろしいったらない。
そんな危険をなんとかすべきと
考えたら──
家族のみんなが一つも見たことのないものばかり
ぞくぞくと現れる不思議なんて
ちっともたいしたことなんてないわ。
海晴姉は、古い映画のあらすじで、
地震の小さな裂け目から
悪魔が出てくる地獄につながって
血まみれのおばけがたくさん飛び出す話があると
どこかで聞いたことがあるというけれど──
まったく大人って
ろくでもない知識ばかりがあって
肝心なことは何一つわからないんだから
頼りにならないわ。
どどんどんどん
子供は子供で──
太鼓をたたいて夢中になれば
もう何も考えられないくらいで
一度奏ではじめたら誰にも渡したくない、
不思議に止まらないと
とりつかれたように演奏を続けて面白そう。
別に──
こんな太鼓で何かがあるわけないのにね。
晴れた空が楽器と踊るように揺れる黒雲で
もくもく覆われ始めたのも偶然だし
廊下の角から顔を出して太鼓を狙う夕凪の熱い視線も
夕凪なら別にいつものことだもの!
とんとん──
とん──
夢中になるほどじゃないって
疑うなら下僕も、一度試してみればいいわ。
いつの時代に作られたのか、
どこの誰が器用にしまいこんだのか
見ても触っても推測すらできないけれど
日の下の広場で鳴らすのか暗がりにとどろくものか
聞いたこともない珍しい音が鳴るのは確かよ。
もう少ししたら──貸してあげるから待っててね。

観月

『出会い』
黒色、
灰色、
茶虎の子と
親のキジトラは──
海晴姉じゃや春風姉じゃが友達に
声をかけて回ったのが良かったようで、
すぐに里親が見つかって
もらわれていったのじゃ。
さすがは高校生ともなると
相談できる人も多くて
友達もいっぱい。
歌に聞く友達百人とは──
そんなに大げさでもないようじゃの。
兄じゃもやっぱり
百人で富士山に登ったり
おにぎりを食べたり
笑ったりしたことがあるかの?
出会いはいつも
新しい発見があって
うれしいものじゃ──
お友達だけに限ったことではない。
かわいい猫たちと別れたみんなも、
きのうまで眺めていたときの
鳴き真似を比べて遊んだりしておるぞ。
みんな上手で──
明るい声がして楽しいものじゃ。
それに、地震で少し隙間ができた
物置の荷物の間に──
誰も知らない古いお人形の箱が隠れていたのを
持ち出していったと聞くぞ。
きれいなお顔と
長い髪。
おままごとにも使えるかの。
しかし、ママもそんなものがあったのを知らないと言うが
猫でもあるまいに
いったいどこから入り込んだものやら?
おまけに、今度の地震では
そんなに物が動くほどではなかったのに
なぜか見知らぬ箱のあたりだけが
まわりと比べて不自然に崩れていて
しかも──
いや、どんな出会いも
何かの意味があるのだろう──
不思議なおもちゃを兄じゃが見に来てくれるところを
わらわが背後からとびかかって
のがさぬ!
ということもあるかもしれぬ。
そうなれば面白いからの。
今日もにぎやかな子供たちが
じっとしていられずに遊びまわって、
ときどき遠くから悲鳴のようなおたけびが聞こえるほどじゃ。
やがてみんなはどんなふうにゆかいな出会いを経験するのであろう。
その楽しい日々を見るときまで、わらわも自分の身くらいは自分で守りたいと思うぞ。
地震……? ああ、そう、そのことじゃ。