『バルカンフォーム』
私の好きな場所は
家を出てまっすぐの坂道を進み
広場の前を右に向かうと見えてくる
小さな踏切と
その踏切が良く見える広場のベンチ。
地図を書くのも簡単な、見通しのいい通り道。
ふだんなら、まだ小さな私が背伸びをしても
大きな建物が並ぶ騒がしい都会の中にいては
とても遠くなんて見通せない。
だけど偶然のことで
広場から道路がうまくつながると
あの場所からだけ──
新宿方面につながっている
線路の遥か彼方から近づいてくる電車の姿を
遮断機の下りた踏切に差し掛かるよりわずかに早く
視界にとらえることが可能な
そういう場所。
探せばあるものね。
少しだけでもいいから──
ちょっと無理めな背伸びをしてもかまわないから──
あんまりたくさんなんて贅沢は言わないからちょっとでも
一瞬でも早く近づく音と同じくらいの力強さを視界に納めて
一秒でも長くその姿を見送っていられる場所。
ここにベンチを置いた人だって
私と同じ気持ちだったに違いないわ!
なんだけど──
けっこう人の通りも多い道だから
あの場所ねってわかる友達が多いのはいいとして
近所では知られすぎてどうも
無責任な噂話の元になっているという情報も──
観月ちゃんが言うには
こことあそこを区切る境目は
いつでもこの世ならぬものを見る境界となりうるそうだけど
この街では誰よりも一番あの線路と時間を過ごして
一番詳しい私が言うのだから
何一つとして怪奇現象などは起きません。
一緒に遊びに行って
ずっと目を離さないでいたさくらちゃんが
いつのまにか知らない女の子のお人形を抱えていても
なーんにも不思議なことなんて言い出す理由にならない。
少し古くなったお人形なのは確かだけど
まったく、世の中には物を大事にしない人がいるものね。
あんまり古そうに見えるから
たまたまそばにいた夕凪ちゃんなんかの話では
せいぜい5円くらいの価値しかないように見えるかもしれないけれど
それでもこのお人形に強いマホウの力を感じるとか言うの。
この世にマホウなんてあるわけがないのにね!
そういえば前に聞いた噂では
ここに現れる女の子のお人形を
線路の向こう側に現れる両親のお人形のところへ
決して連れて行ってはいけない、
もしも両親と合わせてしまったならば……
まあ、さくらちゃんには元のところに置いてきなさいって言っておいたから
その先の怖い話と私たちはもう何の関係もないわね。
そうそう、怖いおばけの話といえば
蛍姉さまがついにハロウィンの衣装作りに取り掛かり始めたの。
私もなんというか──
おもちゃの銃を持たされたあと、構える姿を要求されて
つい石化したように固まってしまうしか反応はできなかったけれど
最近のハロウィンはいろいろと
なんでもありのお祭りなのね。
蛍姉さまの性格から考えて
こっそり隠すように作っている吸血鬼の貴族風衣装が
今年一番のとっておきだと思うの。
いったい誰があの衣装のいけにえにされてしまうのか──
まあ私でなければ別にどうでもいいわ。