観月

『陰影』
からすも帰る宵の刻も
だんだんと訪れの足音を早めて
お外で遊んでいられる時間も短くなりつつある。
青々と茂っていたお山の緑も
木々から腕を伸ばしてしつこく絡み付いていた蔦も
びっしり地を這う背の低い雑草まで
少し前の蒸し暑い時期には
まるで手が終えない相手だとあきらめていたのに
次第に黄色と赤が影のように混じり出して
汗がにじみ出た記憶が残る昨日よりも範囲を広げていく。
小さい秋がこうやってさりげなくやって来ては
皆を物憂い季節へと連れて行き
まもなくこの景色も
もののけも隠れるところのない枯淡の情景へと変わる。
まだ先のことだと思いたくて
山際の朱も褪せて暗くなるとき
たとえ姉じゃが優しく呼びにきたって
兄じゃが抱き上げて運んでくれても
抵抗してお外で遊んでいたいとねだるけれど
暗がりに忍んで得体の知れないものが現れて
疑いを知らぬ子供を決しておうちに帰れない場所へ連れて行くのも
昔から良くあるおはなしで──
小鬼の市や魔王の枯れ枝
細く糸を引くように届く笛の音に心をとらわれ
本当は形を持たないものに手を引かれて
彼方の遠くへ消えると
まもなくどこにもいなくなってしまい
忘れられる。
そういう狭間の時刻に
わかっていながらとどまってしまう
まだもう少し明るさが続いてもいいと願う頃。
ただでさえ十五夜を過ぎて月も欠けていくばかりで
なんにも助けがなくなってしまうな。
藍色の夜にぼんやり暖かい灯火の色を追いかけていたら
それがあやかしの誘いであるなどと言うことも
よく聞く話じゃ!
まいにち地道に修行を重ねて
皆をそういう煙のような相手から守ろうと
小さいなりに願ってみたのに
実際には自分ひとりだけが
闇からひたひた近づく足音の罠に落ちて
兄じゃが追いかけてきてくれると思ってかけっこをしているつもりになっている。
遊んでいられるような気がしている──
冷たい手のひらは影から招いているというのにな。
それもこれも
心を強く持つにはまだ幼すぎる
わらわの未熟さゆえ。
大変じゃ!
日はもうとっくに暮れた。
こうなったら
姉じゃたちのうわさで小耳に挟んだ
大人になる変化の術を試してみるときがきた。
そもそも、物悲しい季節は人を大人に変えるという。
それにやがては姿を変えるお祭りもあるので
今しかない。
わらわがぐんと成長して
兄じゃも見違えるような
憂いを含み影のある
優しい微笑みの美人になるには
徐々に暗さが増していく今こそが狙い目。
あしたか
あさってくらいには
すっかり変わってみたいものじゃ。
わらわならもちろんできそうだと
兄じゃも想像してくれるであろう?