観月

『春雨』
昨日よりも少し
部屋の温度計を見てもはっきりとわからないほど
ほんのわずかな変化がありつつ
気がつけば感じる
今までほど厳しい寒さではない朝。
お顔を洗うときも
なんだか楽しそうな悲鳴が聞こえたりしないし
布団の中でもぞもぞボタンを外している丸いお山も
あまり見かけなくなったな。
それでもまだ、羽織るものを一枚増やしたいときはあって
日暮れ時のお庭から帰ってきたらお風呂の湯気が恋しく
晩ごはんがあったかいおうどんだったら
うれしそうに跳ねる子がいる。
確かに春が来たと言うには
まだ口ごもってためらい、
かといって、冷たい北風から逃げ出す季節が
もうしばらく続くのかと辺りを眺めやると
そうでもない気がしてくる。
あるいは、まもなく。
それは別のどこかあっちを見ていたら
横を通り過ぎた瞬間もわからないくらいに
さりげなくやって来るのであろうか。
だとしたらそろそろ
おめめをぱちぱち、きょろきょろして探してもいいのではないか。
明日はまだかもしれないけれど
一週間か
それとも十日か
はたして、もっと間近に迫っているのか
具体的にはまだ何も言えなくとも
準備をして備えようという気分になっている。
今日のお天気は
くもりときどき雨だったこの街も
もう指先もほっぺたもおでこまで凍えるような冷たさは
いつのまにかどこにもなく
おうどんをおいしくいただいている
なんともいえないのんびりと時が流れるような陽気のうちに過ごしている。
途切れ途切れ、ぽつぽつと降り注いだ滴は
細く頼りなく
あたりをただ靄に沈めようとしているような春雨。
お外で飛んだりはねたり
うっかり遊びほうけているうちに
はかまのすそを泥だらけにして
濡れて帰ってきても
もう、そんなに冷たくはなさそうだが
海晴姉じゃのお天気予報では
二日ほど過ごしやすい陽気が続いたら
また次の雨から冬の寒さに逆戻りするとのこと。
本当に?
もう、これからどんどん
特急に乗ったみたいに春に向かってまっすぐ進んでいってもいいのに
お天気は人のいうことを聞いてくれないよう。
するとまだまだ
もう少し、とお願いしてお外で遊ぶ時間を増やしてみたくても
うまくはいかないであろう。
夕暮れに吹いたしっとり湿ったそよ風の様子では
明日は雨らしい。
もう冷たくぬれそぼる寒さが
きりきり切り裂くように肌にしみ込むこともなくなった雨。
だけどまだまだ
頭のてっぺんからぽたぽた水滴をこぼして
玄関のあたりでうろうろしている気分には
なかなかなれない
もどかしい雨。
どっちつかずで仕方がないからまだもうしばらく
傘をさしてながめるだけにとどめて
おてんば娘がどろんこで帰ってくる日まで
まだまだ落ち着いてがまん。
焦っても急いでも
寝過ごしたとしても変わりなく
その日はもうすぐ
わらわの家族たちのところへやって来る。
だからこうして腰を落ち着けて
じっと待っていてもかまわない気分になっている。
少なくとも
もうしばらくの間だけはな。