小雨

『ぬいもの』
糸を通した針が
指先で踊りだすと
その瞬間からもう
ほころびていても
なおりはじめる。
お姉ちゃんたちから小雨に、
小雨からちびちゃんたちに、
大事にされていても
服はだんだん
くたびれていく。
だけど
小雨の細い指先にかけた魔法で
たちまちに、とまではいかなくても
ちょっとでもみばえよく、
もちなおしてくれる?
もうちょっとながもちしてほしい。
糸を通しながら
小雨の手助け、
役に立っていますか?
こんなことしかできないけど
がんばってもらえるか……
聞いてみたくなるの。
魔法ではないの。
本当は、
小雨がそんな特別なことできないって
いつも一緒にいるお兄ちゃんには、すぐわかってしまったでしょうか。
糸がはみ出していたら
なんだか痛そうで、かわいそうで
見ていられなくて
つい、余計なおせっかいをしてしまうというだけなんです。
小雨にかまってもらっても、小雨でいいのか
上手に直せたのか
気持ちは伝わってこない。
胸に抱いた古びた布の暖かさは
小雨が必死で直そうとして
ぎゅっとひっぱって
かえってぼろぼろになってしまったような
その途中で移った体温。
何か伝えようとしているみたいに感じるのは
考えすぎですよね。
あかいほっぺたにまた元気が戻る
そんな気がする、
気のせいだとわかっていても
小雨は……
役に立てましたか?
直したばかりのところがまたすぐほつれたりしないよう
確認するみたいに顔に寄せたら
すぐ近くでぽっと宿るような温度は
はたして、まぼろし
それとも
小雨一人がうれしくなっただけなのかな。
まだもう少し
小雨たちを守ってください、と
願いを込めて。
そんなだから
ものもちはいいんです。
あまり新しい服にも
最新流行も気にしないのは
よくないかなあ、
このままずっとかわいい服を選べないままかな、
怖くなっても。
でも、ずっとそうだったんだし
これからだって小雨は
おしゃれに変わるなんてできないと思うから
仕方ない、
小雨に合っているのは
こういう地道で平凡な
でもきっとどこかで誰かの助けになっていると
一人きりで信じていてもいい
夢見がちな小雨にあんがいちょうどいい
堅実なお仕事。
大きな憧れもお姉さんも特に望んではいないようでは
進歩がなくていけないかもしれないけれど
もしも小雨が勇気を出して、未知の世界に踏み出そうとしたら
そんなことを考えただけで
足は動かなくなって
こわくてふるえて
立っていられるかどうかもあやしくなるくらい
しょうがない小雨なので
あまり無理をしようとしなくても……
身の丈にあわせているのかいいわけなのかわからない、
ただこわがりで動けない小雨がいるだけのような
考え事みたいなつくろい仕事でも
これでもけっこう
おうちの服の寿命を長持ちさせる役目に
こっそり貢献している、
ような部分も少しはある、
と、あまり大声で言えるほどには貢献していないので
こっそり、ぼそぼそ
できていたらいいな、
つぶやく小雨です。
だから立夏ちゃんに誘われても
服を見に行くって
ぜんぜん
あまりにも
自信がないんです!
見るだけなのに自信がないっておかしいね、って立夏ちゃんは面白そう。
でもそうなの。
おかしいけど
見るだけでも
小雨にはどうにもならないと
そんな気がするんです!
なんでだろう?
今日はヒカルお姉ちゃんにお願いして
ついていってもいいですかって
大きなお姉さんのお買い物に割り込んで、邪魔をしてしまったような。
いけなかったかな……
でも立夏ちゃんが、この機会を逃したくないって
熱心に誘うから
そうかも、とこわごわうかがうようにひそかに芽生えた思い。
小雨だって
お兄ちゃんと一緒にお買い物をして
選んだ服で歩けたら
それは楽しいはずだって
あまりそんな経験がなくたって
想像するだけでわかるんです。
経験のない小雨でも……
想像力が豊かなだけ?
恥ずかしいけど、お兄ちゃんにもアドバイスをもらって
選んだ冬支度は
新しいマフラー。
小雨には少し冒険の明るい黄色だけど
お兄ちゃんに選んでもらって
これがいいって思ったんです。
一緒にお買い物をして
こんな経験は
一生分のぜいたくのようです。
帰ってきてから気がついたの。
これからの冬、小雨は明るく変わって
次々と知らない冒険に出てしまうようになったら、なんて……
せっかくの新しいマフラーをしまいこんでしまうのは
まだ寒さが本格的じゃないから、と立夏ちゃんにはごまかして
つくろったばかりのがんばりやマフラーを用意して
もう少し使ってあげたいなと様子を見ながら
それでもわかっている。
勇気を出した初めての一歩は
どうにかなってしまいそうなほど胸の中が熱くて
お兄ちゃんを信じて手を引いてもらえなかったら
とても小雨には無理だったから。
今もまだ消えないで残っている温度に
これからもう少し
長い時間をかけて慣れていけたら。
お兄ちゃん。
小雨は、冬が終わる前には
勇気を出して、お兄ちゃんが選んでくれた大切なマフラーを
もう一度、いつか。
すぐには無理だと思うから
気長に待っていてもらえたらと
勝手な小雨の都合なのですけど。
うれしい気持ちだけで
この冬いっぱいを乗り切る勇気だけじゃなくて
もっといつまでも続きそうな力があるんです。
ヒカルお姉ちゃんが、せっかく選んでもらったから明日から着て行くって
勇気があるのと
ぜんぜん違うけど
うれしそうなヒカルお姉ちゃんを見ていたら
小雨だって負けないくらいなんだって
言いたくなる
はじめての気持ちなんです。
どうか小雨のことを
このまま、いつもいてくれるみたいに
見守っていてください。
もしかしたら
冬の間に、小雨が自分のなりたいように
変わっているかもしれない
その瞬間を
お兄ちゃんに見てもらえるとしたら。
その時は
勇気を出したんですって
小雨から伝えられたら、と思うんです。