氷柱

『ロマンス』
のどかで、暖かだった三連休から
二日続けて雨が続いて
さむいな、
ぬれるな、
めんどくさいな、
ぶつくさ言いながら支度をして出かける
みんなの顔には
それでもどこか
うきうきした気配が
ストーブに暖められた空気の中で揺れている。
雨の日のいいところって別にあんまりない気もするけど
そうね、たとえば
もうすぐ年末が近づいて
家族とのんびり過ごす穏やかな日を
恋人と過ごすイベントと勘違いして
この時期にあわてて備えを始めようとしているのか
ふつう恋人って
そんな簡単な扱いじゃないと思うけど
だめもとで告白してうまくいったらどうにかクリスマス、
みたいな考えらしくて
人の迷惑も考えずに一方的に時間を指定して呼び出すような
その場の気分やうわさや評判だけをあてにして選ぶ、
大事な日を過ごすふたりきりの相手だからと
顔も名前も知らない人が……
まあ知っていたらそのぶんは考慮するのかというと
とても告白する相手に釣り合うとは思えない
子供っぽいたかが学生の分際で
お付き合いだとか言い出すのはちょっと浮かれすぎじゃないのかしら、
どっちにしても今のところその気は全然ないから迷惑なだけとして、
この時期むやみに増えだす身の程知らず有象無象が
雨の日はさすがに活動を控えて、寒いところに呼び出すのは遠慮するだけの神経は
一応持ち合わせているようで、
まあ、雨で寒いから相手が来てくれなくなって
結果として成功率が低くなると考えた打算かもしれないけど
どっちにしても。
無駄な労力を費やして、どこにもない幻想のクリスマスを求める不遇の旅人を
一日だけは苦労から解放してあげようというのならば
私だって余計なことにわずらわされないですむのだし
冷たい雨も、ぽつぽつと遠慮がちに降るくらいであれば許してあげないこともないわ。
家のみんなも、そういうことで雨は歓迎なのかしら。
クリスマスが近くなるとだんだん
変な男から声をかけられる面倒が増えてしまうなあ、
なんて。
ないか。
春風姉様や蛍姉様は
もうお断りするのは慣れたものだし
ヒカル姉様は、そもそもそういうお誘いに最初から気がつかないし
立夏は普通にホイホイ付いて行っちゃうし。
冗談よ。
立夏もそういう面倒があったら
生意気にも一人前に考えて対処しているようだから。
霙姉様はよくわからないけど
小雨ちゃんから年が下ならクリスマスが近いからなんて悩みはないだろうから
すると、雨の日も楽しそうな雰囲気は別のことか。
やっぱりあれかな。
寒さをしのぐ冬の着こなしも
腕の見せどころ。
いよいよ本格的な寒さがやってきたからかしらね。
別にそういうの
実用性一辺倒でいいと思うんだけどね!
なに?
私もたまにはクリスマスが色づきはじめたら
かわいい気分がうずうずしはじめると思ってた?
ばかなの?
下僕は。
やっぱり、頭の中に何も詰まっていないからっぽのほうが
鈴に似ているからシャンシャンこれからの時期の音がするのかな。
ママもなぜか
ヒカル姉様の買い物に、おかしな条件をつけたりして。
もちろん、女子高生が
短パンで北風の中に飛び出すよりはいいけどさ。
ヒカル姉様は本当にしそうで心配だから
必要以上に気にしたのはわかるけど。
それでヒカル姉様は
人の下僕を連れ出してデートのような似合わないことさせるし。
地べたを這いずり回って主人の足をなめているのが
この世の何より大好きな奇特な人なのにね。
そのくらい、顔を見ていればわかるわ。
いつも優柔不断なその顔。
きっと女の子の買い物に付き合わされて
さぞかし居心地の悪い思いをしたでしょうね。
よしよし。
あなたのたった一人のご主人様がちゃんと
奴隷にふさわしい扱いをしてあげるからそのつもりでね。
もうすぐ12月。
立夏ちゃんはロマンスの季節だと喜んでいる。
世界中に愛が降り注ぐ幸せな日がやって来る。
と、虫唾が走るようなことを言っているけれど
まさかあなたも
似たような意見を持っているなら
今のうちに早めに
考えを変えておくこと。
私はそんなわけのわからない日を過ごすつもりなんて
まあ、どちらかといえばあまりないほうで
あってもちょっとだから。
何よ。
ちょっと前はクリスマスくらいは楽しみにしていてもいい、
みたいなことを言ってたって?
そうだったかな?
もし前にそんなことを言った過去があったとしても
今考えてみたら
あまり私に似合わないでしょう。
冬はかわいい服がいっぱいだな、とか
雨の日は朝の支度に時間をかけるのも楽しいな、とか
私たちの小さな家に愛が降り積もる一日を
また家族全員で揃って迎えられたらとか
考えてもいないし
もし仮に何かの間違いが起こって考えたとしても
口に出して言うのは
みっともない、
そんな話だってあるのよ。
世の中にはね。
静かに黙って思うくらいにしておいたほうがいいこと。
クリスマスが近づく町に買い物に出かけて
うきうきしている男が存在するのは
まあ、そんなことがあっても仕方ないとしても
そんな浮かれた場所を
女の子とデートに出かけてうれしそう!
とか
ちょっと気に入らないなあ、
想像するといらいらするから
きっとよくないなんとなく気持ち悪い状態なのよ。
クリスマスデートって。
一緒に冬物を選ぶ
楽しそうな買い物っていうのはね。
まあ、私は下僕にも寛大なほうだから
するなって言ってるんじゃないの。
そのくらいのことで
ロマンスが降ってきたりなんかしないことを
いつか確認しに行かなくっちゃ。
そのときは首に縄を付けて引きずってでも付き合ってもらうからね。
ただ、くだらないことなんだって確認するためであって
それ以上の理由なんてないことを
一応この場ではっきりさせておくわ。
深い理由なんてない。
あなたはただ
ご主人様の向学心を誇りに思うこと。
下僕にあんまり難しい考え事を望んでも仕方ないし
一緒に来てくれたら
それだけでいいんだから。