春風

『やさしいお風呂』
寒い日の何よりの楽しみは
あたたかなお風呂。
三月になってもまだ春の陽気ばかりではなく
冷え込む季節を思い出しながら耐え続ける
そんな日もまたやって来る。
あの時──
みんなで支え合って乗り越えた冬の日は
私たちはどうしていたのだろう?
まだそんなに遠い過去ではないから
すぐ思い出せる──
まるで今でも声が聞こえてくるように
冷たい風から逃げてきて
おうちに駆けこむ子供たち──
鼻の先も真っ赤になり
芯まで凍えた小さな体には
私たちができることと言ったら
お風呂を用意してあげるのがまず一番。
肩までつかって
ゆっくりできるように
数を数える歌も一緒に歌ってあげて──
こんなに寒い春の一日、
どうしてあげられるのか
知ることができたのなら──
あの厳しい冬の経験も
大事なものだったのだと思います。
春が来て、新しい始まりに
うきうきする子たちを
そっと支え、毎日をお手伝いする
あたたかなお風呂。
春風が用意します──
春風にできることは、それくらいしかない。
でも、お風呂を用意して待っているのは
ほかほかあったまってさっぱりした顔を見るのと同じくらい
なんだかうれしい──
だから春風の三月はこれでいいのだと思います。
あとは──そう、
あったまるのはお風呂だけではないでしょう?
野菜たっぷりのシチューを作っておいてもいいし
お鍋という手もある──
こんな日は誰もが待っている幸せを
春風の手で全てお届けできるように──
この家に春風がいる限り
誰も凍える思いをさせたりしません。
冬を過ごし
みんなと一緒で
いろんなことを教えてもらって──
大きくなった春風が、ここにいるに違いない。
今日もにぎやかな声が聞こえる──
寒さに負けない毎日を
春風が応援しています。

『ビタミンビタミン』
人間の体は
砂糖や──あんこや──
果物に洋菓子に、
この世界のあらゆる甘い食べ物を求め
飽きることがない。
あまり多く食べすぎるのはいけないけれど
それほどまでに
体が求める理由と言えば
人の営みにとって、
良い体を作るために
最低限は必要だということ──
相手をよく知り
デザートと付き合う経験を重ねることでしか
人は成長できない──
かもしれない。
私たちは生涯を通して
甘いものと寄り添い過ごすだろう。
それは宿命であり──
時には刹那の時を過ごす私たちを支える
糧となり──喜びとなる日もあるだろう──
ヒカルが食べ歩きの趣味に付き合ってくれるのはうれしいことだ。
体に必要だの経験だのとなんだかんだ言ったけれど
たぶん、私は一緒の趣味を持って
楽しめるのがうれしいだけなのだ──
これからも愛しい家族に
私の持てる全てを与え──
知識を授けることに力を尽くすだろう。
あまねく世界のおいしいものを
私は教えよう──
そこから始まり歩き出す道のりというのもあると
やがてヒカルも──あるいはいつか
人々もみな知るのだろう。
おいしいお店を知ることで
忙しさに追われて買い物に行けない日を体験し
品切れの悲しみがあり──
そして、もしかすると
いつか閉店の別れを迎えるのだ。
私が与える歓喜はやがて
新たな景色を見せ──
その先に思いもよらない色彩が広がっていることを教える。
新しい出会いとは
いつもそういうことなのだ──
春が来て、様々な始まりと出会い
その先にあるものこそ
人が苦難の果てにつかみ取る自分だけの景色なのだろう。
その光景はいまだに未踏──私も教え示すことはできない。
ただ選択の機会を与えるばかり──
人の身が宿す甘味への追求と──そして家族と一緒で楽しい私の思いが
やがて世界を変えていく可能性がある。
もうすぐ変わっていく──妖しく咲き開く春の花の色につられて──
混ざりあう感情がもたらすのは闇か光か──
ちょっと大げさに言ってみたぞ。
さあ──こうなってみては、
オマエも新しい喜びを見つけたいと思うようなことはないだろうか?
新しい始まりの季節がやって来た。

ヒカル

『春が来て』
あたたかくなって
終わっていくことも──
これから始まっていくこともいっぱいある。
せっかく春だからと始めたことが
ここ最近の寒さで
なんだか億劫になったり
そろそろ三日坊主の気配も見せて来たり
春らしくなるのが早かったためか
三月の半ばは
なんとなく、そんなだらけた空気も
漂い始める頃。
落ち着くなんてなくて
新しいことを
ずっと夢中のまま続けられるならそれもいいけど
きっと、疲れるのは確かで──
まわりもちょっと心配だから
落ち着くのも悪くはない場合もある。
私もずいぶん心配をかけてきたな──
たくさん助けてもらってきた。
今は──これからは
恩返しをしたり
新しい誰かの手助けをして
ちゃんと大人になって、できることが増えたのを
こんなゆっくりした春の日に
だんだん見せて行けるようになるんだ!
だったら
よかったんだけど──
オマエは霙姉の趣味を知っているだろうか?
食べ歩きや
おみやげに探す甘味の追求──
家でおやつを用意するとき
手軽に作れる工夫や
あまりが出た時に
じゃんけんに持ち込む技だとか──
私の知らない新しい世界が
たくさん開ける感じ──
今年の春になって
ちょっとわかりかけてきた。
小さい子がお土産を楽しみにしているのもあるからな。
もちろん、遅くならないで帰るのが一番いいんだけど。
でも新しい季節は
私にまた見たことのない世界を教えてくれそうで──
最近、霙姉が熱心に誘ってくれるんだ。
寒い時に甘いものもいいんだって。
むしろ、いつ食べてもいいものだとか言い出して──
春が来て
別れの季節、はじまりの季節、
はじまったことに飽きてみたり──夢中になってみたり。
明日の私はどうなるのか、まだわからない。
こんな季節があるってこと
しばらく忘れていたな!

綿雪

『風の中』
あたたかい日が続くようでも
今日みたいに急に
強い風が吹く。
まだまだ寒くて
油断ができないものです。
みんなもお外で遊びたかったけど
今日ばっかりは家の中。
お兄ちゃんや、お姉ちゃんたちは
もしかしたらお外に出られないみんなのために
おみやげを買ってきてくれるかなって
そんなお話。
みんなが大変な時は
必ず元気が出るように、
きっと笑顔になれるようにって
お姉ちゃんたちはいつも言ってたよ、って。
でも、こんな日だと
寄り道をしてお買い物をするのも
大きな荷物を持って帰るのも
簡単なことではないから──
それに、もしもおみやげがあったって
やっぱりお外に出て
なんだったら一緒にお買い物だってしてみたい。
小さい子たちはいつも
じっとしているのがむずかしい──
駆け出して行った先で
いろんなことを見つけて
お話をしてくれるのを知っているから
どうしても、ユキがご本を読んであげても
日なたで一緒に過ごしてあげても──
なかなか満足してくれません。
それに──
お兄ちゃん。
ユキが全然かなえられなくて
妹たちのために何もできなくても
お兄ちゃんがいてくれたら
みんなはうれしそう。
あらしのような強い風が吹いた日、
春がまだ遠いような寒さの中──
お兄ちゃんと遊べたら
それだけでいちばんうれしい。
だから──みんなは
お兄ちゃんや、お姉ちゃんたちが早く帰って来るのを待っている。
風が強くて、できることがなくて
元気な子供たちは今日、どうしたらいいのかわからない。
大事な春の出来事を
たくさん見つけて持ち帰るはずが
どうにもどこにも行けずに、途方に暮れてしまった──
ぽかぽかの日なたも
楽しいはずのお歌も──
お兄ちゃんと一緒にいるのがいいと
風の中でじっと震えて待っているようです──
ユキの読んであげる本には、まだ出てこない。
今日をどんなふうに過ごしたらいいかを──
お兄ちゃんは、ユキに教えてくれますか?
お兄ちゃんならきっと知っていると思うの──

青空

『はるのおしごと』
あたらしいおしごとが
はじまる!
はるがきて
あったかくなった。
あたらしいことをはじめたくなった。
ほんをよむ
おしごと──
おりょうりをする
おしごと。
うんどうをするおしごと──
よくはたらいて
おやすみするのもおしごと。
はるだから。
やってみたいことが
いっぱいあるから。
そらもおしごとが
はじまるかな?
おとどけものをする
おしごと──
はるがきたとおしらせする
おしごと。
なんだかわくわくして
うきうきして
はしりまわるおしごと。
そのあとでねむるおしごと。
どれがはじまる?
おにいちゃんはどれがいい?
あたらしいはるの
あたらしいそら。
どんないいものに
うまれかわる──
そらをみつけた
おねえちゃんたちが
おしえてくれて
きょうからはじまった
おしごとは──
かたたたき!
を、するにじちゃんの
おとなりで
かけごえをかけるおしごと。
いち、に。
よーし
かたたたきするほうも
されるほうも
がんばった!
あたまをなでてあげる。
そんなおしごと。
あしたもおしごと、つづくかな?
あたらしいこと、はじまるかな──
これからは、なんでもできる
そらがいる。
みんなのあたまをなでたくて
てがふるふる
あしがおどり
はるはもう、ついにやってくる──

観月

『春が来る』
ここしばらくは
あたたかくて良く晴れた日が多いので
暗がりを隠れて移動するのが好きな生き物や
かくれんぼをする子供たちが──
あまりいきいきと盛り上がって
はしゃぐことがない。
わらわはもっと
兄じゃに探してほしいのじゃ。
あっちこっちを迷って
右往左往してほしいのじゃ。
困らせたいのじゃ──
あんまり明るい日差しの下では
遊べなくなる遊びもあるということを
春を迎えた晴れやかな毎日では
忘れがちになる──
おいかけっこをしているが
よく考えてみよ。
ごっこだって
真剣になって逃げるのは
つかまったらどうなるかわからない時こそであり──
必死に逃げる相手だから
鬼の役をする子も楽しくなる。
闇から手を伸ばす相手に
逃げることしか知らないあの感覚が──
もう冷たくて薄暗い季節が終わってしまうから
どこかへはばたいて行ってしまわぬか心配じゃ。
まだまだ遊び足りぬ。
兄じゃを困らせ足りぬぞ──
まもなく日々は
浮かれたお祭りのような騒ぎと
まぶしい明かりに包まれる。
全てが人を祝福し──
歩みを始める手足に
活力を注ぐ──
こうなってしまえばもう
いたずらをしたり
つまみ食いをして逃げたり
寒くてくっつきあったり
布団にも潜り込んだりする遊びも
これまでじゃ。
新しい楽しみを知るために──
新しく出会うものたちの
教えを乞わねばならぬ。
そんなにいい出会いばかりが見つかるであろうか?
わらわはまだ小さいのに──
夜の闇で見る夢にすがって
はじめて世界とつながることを知る
ものを知らないわらべだというのにな──
いつも遊んでくれる兄じゃも
これからは──もっともっと夢の中に出てきて
暗闇にいた者たちよりもたくさん
わらわと遊んで
いろんなことを教えてくれて
それから──季節が変わっても
ずっと離れないと言ってもらわねばならぬ。
そうでなければ小さい妹は安心できぬのじゃ──

夕凪

『ホワイトデー』
ホワイトデーだ!
お兄ちゃんからお菓子のお返しを
もらえる日だ!
なにしろわがやは大家族。
お菓子の量も
それはそれは
なかなかのもの。
おいしそう!
さすがお兄ちゃん!
夕凪、食べるよ!
たくさん食べるよ──
それにしても、お兄ちゃんからの
心のこもったお返しが
こんなにいっぱいなのに
全部食べ切るには夕凪はまだ小さいの。
すぐおなかいっぱいになっちゃう。
少し残念だ──
こんなときに、夕凪の得意なマホウで
願いを叶えたらいいのかな?
夕凪の体がどんどん大きくなって
お兄ちゃんはお菓子を選んで夕凪に届けるのが
楽しくなって──
せっかくだからどんどんマホウをかけて
毎日がホワイトデーになってもいいし
お兄ちゃんが夕凪と一緒にいるのがもっと楽しくなってもいいし
お菓子がいつまでも減らなかったり
おなかいっぱいになっても、すぐ眠くならないで
食べていていいとか──
ホワイトデーには夢ばっかりがふくらんでいく。
お菓子に囲まれて
やがてお菓子に埋もれて
ついに世界中が
甘いお菓子で満たされた。
お兄ちゃんも、もうひとつどうぞ!
おいしいよ。
それから忘れてはいけない
いちばん叶ってほしい夕凪の願い──
お兄ちゃんがこれからも
夕凪のことを好きでありますように。
もっともっと好きであるように!
明日もあさっても──
寝てもさめても。
むにゃむにゃ。
おなかいっぱいで眠くならないマホウは
おしいことに今年は完成しなかったようだ──
他の全部は──叶っていたらいいんだけどな──