春風

『忙しい日々』
のどかな春の時間は
瞬く間に過ぎて、
若葉の緑が目にまぶしい
五月も間近。
庭の雑草はたくましく背を伸ばし、
どこからともなく訪れる虫の数も増え、
たくさん遊んで帰ってくる子供たちは
ぼさぼさになった頭から足の先まで
汗でぐっしょり。
そしてもちろん
思いっきりおなかをすかせて
いつもおねだり──
私たちの家は
どんどん活気づいて
どこもかしこも生命力が満ちている。
お掃除にお料理に、
まもなく連休を迎えるとは
とても信じられないくらい
日々の家事を担う子も、
つかまってお手伝いを任される子も
よくわかっていない赤ちゃんたちまで
忙しそうにばたばた
家中に足音を鳴らして
駆けてゆく──
まだ暖かくなり始めたばかりで
この様子では、
いったい夏に近づいていくと
どんなにばたばた
騒がしくなることだろう!
と思うけれど
忙しくなってきたらどこかで
まあ、
なにもかもはできないから
これくらいにしておこう──
暑いし!
と、不思議なくらいきっかりと
スイッチが切り替わるときが
なぜかやってくるのです。
今日も遊びに家事に、
あるときは三角巾をマスクにしてほうきを手に、
またあるときはお菓子作りのしゃもじを手にして
これからの日々がどうなることかとあわてっぱなしの
小雨ちゃんや立夏ちゃんたちには
悪いけれど──
春風はもうすっかりそれを知ってしまったので
落ち着いているのは
そういうわけです。
風格があるわけではなく、
家事の才能に恵まれたわけでもなく──
ただ毎日を過ごしていただけ。
それでも何か
まだ小さな子たちにアドバイスできることがあるとするなら──
春から夏にかけて
幻のようにやってくる
日が暮れた後の夜の時間は
短いようで長く、
長いようで短く──
できることといえば
好きなことをするだけなら
たっぷりある!
だから今のうちに
この静かで優しい夜の扱いを
覚えたなら──
なんでもできる大人への
最初の一歩。
この大事な時間に
みんながいちばんにしたいことって
いったいなんだろう?
春風がもう
決めているみたいに──
楽しいことを見つけられる子が増えていったらいいですね。
ちなみに春風はお気に入りのお茶を入れて
テーブルに誘い
みんなの話を聞くのが好き──
私の王子様も興味があったら
どうぞいつでも
話し相手とおいしいお茶を目当てに
キッチンの方へどうぞ──
そこにはいつも春風がいると思います。

海晴

『へとへと』
ふー!
色とりどりの花が
丸いつぼみから──
ついにそれぞれのきれいなシルエットを見せて
開き始めた
今日このごろ。
栄養いっぱいの土がうれしい花壇には
容赦なく生えてくる
あのたくましく
ぴんととがった
緑の雑草!
まだ少し前に
自分の若さを疑いもしなかった頃の
お手伝いでは──
雑草を相手にしたくらいで
こんなに腰に来るようなことは
なかったような気がするんだけど!
年はとりたくないものね──
なんちゃって。
でも、ママが言うには
一晩眠ってすっかり体が元の元気を
取り戻すなんて
若さの証明!
なのだそうよ。
ほんの数年前と比べて
メンテナンスの必要性を訴え続ける
この体は──
ママの言うことを信じるなら
あとわずかな先の未来で
どんなことになっているのだか
考えるのもおそろしい!
でも、ママだって
年は取りたくないものだけど
それでも案外
年を取るのもいいものだなって思うときは
たまーに
あるんだって。
小さな妹たちや
かわいい弟にまで
心配してもらって肩をもんでもらえるのが
そういうことなのかしら?
なんてね。
どんなふうに年を取っていくのか
まだ学生の身では
何にもわからないのが
正直なところだけど
でも、願いを一つ
言ってもいいのなら
私はこれからも──
あ、あいたたた。
かっこつけたら今度は腰が!
続きはまた明日ね。
きっと明日が来ても
これからも
変わらない気持ちのまま──なんだもの。
取り切れなかった雑草の分は
またがんばらなくっちゃあ!
ね。

氷柱

『読書の時間』
いっぱいいっぱい
時間がとれる
長いお休みを前に──
家族はみんな
静かに落ち着いて読める本を
探しているわ。
いや、少し違うかな。
とにかく
ワクワクしたり
しんみりしたり
ぞくぞくもたまにはいいな、と
たくさん心を動かされる
何か特別な体験を、
さわやかで過ごしやすい季節に──
できれば家にいながら
快適な環境と
ゆったりできる服装で
たまに寝転びながら
しかも気が向いたときにジュースでも用意出来れば
最高!
くらいの感じかしらね。
落ち着いて読むということを
みんなの意見を聞きながら
私なりに解釈すると──
そうなるわ。
あなたもそうなの?
ぐだぐだ過ごして
楽しみ方まで
人に教えてもらおうなんて
考えていたりしないでしょうね?
言っておくけど、楽しく読める本とは
時間をかけて
足を使って
時にはハズレもたくさんつかんで
その果てには本が埋もれた部屋の
大掃除と常に向き合う
たいへんなものよ!
口を開けて待っていれば
面白い本が降って来るなんて
あいにく一度も経験したことがないわ。
もしも良い本を見つける
コツがあるというのなら──
一期一会の瞬間を大事にすることね。
必要な時に必要なものを見抜ける集中力を
いつも欠かさないように──
普段から運動もして体力をつけ、
食事もバランスよくとり、
規則正しい生活をして
体調に気を使いながら──
そうして努力を重ねてやっと
ほんのわずかにすれ違うだけの出会いを
見逃さないで捕らえることができるの。
私もまだまだ
遠くはるかな目標としてしか見ることのできない
そんな充実した日々──
すぐにはたどり着けない場所でも
毎日心がけていれば
もしかすると──
一生に一冊くらいは
本当に大事な本に出合えるのかもね。
え? 連休までに
本を用意しておきたい?
だったら日々、
修行を重ねて
いい本に反応するアンテナの感度を
少しでも上げておくことね。
といったようなことを話すと
みんなは途中で逃げていくから──
適当な本を見繕っておいて
言えなかったことはここでこぼれ出てきてしまうわ!
よく最後まで聞いてくれたわね──
下僕もヒマなの?
時間つぶしの本の一冊もないなら──
私がいっしょに探してあげないでもないわ。

真璃

『おはなし』
おはなしをしましょうね。
誰だって朝から晩まで
休まずに土埃の中を転がりまわってばかりは
いられない。
手を洗って
テーブルでお行儀よくするとき。
お風呂でさっぱりして
湯冷めしないうちに
お布団へ飛び込むとき。
みんなみんな──
おはなしをせがむの。
おはなししてあげるのは
お姉ちゃんのお仕事。
本当にあったこと、
昔の言い伝え、
小さい子のためにその場で作る
良いおはなし──
などなど。
フェルゼンだって
マリーがどんなおはなしをしているか
聞きたいでしょう?
でも──
だいたい何も考えないまま
妹たちの反応を見ながらだもの。
フェルゼンが子供みたいに
喜んだりはしゃいだりしたら
いっぱいいろんなことを
おはなししてあげてもいいけれど!
たとえば最近は
桃色の花や
土の中から目を覚ます生き物たちのおはなしは
そろそろ物足りなくなってきたようで、
小雨お姉ちゃまの花壇から
勢いよく背を伸ばす
たくましい雑草だとか、
山の方から
勢いを増すせせらぎの
涼しげな流れに潜む秘密だとか──
緑のワイルドな匂いがするほうが
みんなの食いつきがいいのよね!
ヒカルお姉ちゃまを追い抜きたくて
かけっこをする
汗と努力の匂いとか、そういうの。
フェルゼンもヒカルお姉ちゃまを見つめる視線が
なんだか特別だわ。
負けることはできないライバルだって感じが──ちょっとするわ!
季節を問わない人気があるのは、努力して夢をかなえるおはなし。
どう?
いっぱい春を堪能した日の
さわやかな風が吹く場所で──
マリーのおはなし
聞いてみない?

ヒカル

『トコトコ』
季節はすっかり
暖かくなり、
庭を転がるように走る
小さな子供たちも
いつのまにか──
寒かった時期の縮こまっていた様子なんて
少しも見せないで
ぴゅんぴゅん風のよう。
まるで何年も前から
毎日毎晩
同じ遊びばっかりで
慣れたものだと言うみたいに
私たちが追いかけるのも振り切って
緑が目立ち始めた
大きな木の幹の向こうへ──
と思うと
庭の向こう側へ。
足には自信があったつもりなのに
あんなに小さい子たちに追いつけない!
ショックだな。
なまったかな?
たまには本気で
かまってやるかと
運動を始めたところで──
春風がやってきては
もうお年頃なんだからと
帽子をかぶせたり
上着を着せたり
世話を焼く。
紫外線には気を付けてと──
困ったな。
年頃になったつもりなんて
全然ないのに
これじゃ、いつまで経っても
追いかけたい子たちに
引き離されるばかりじゃないか?
私はまだ
初夏のような日差しなんて
気にしないんだ──
紫外線も日焼けも
何にも怖くない。
それなのに──
なんとかして春風や
人を着せ替え人形にして楽しむ
海晴姉や蛍から
今度こそ逃げなくちゃ──
ああ、今日もいい天気だな。
誰だって何もかも振り切って
汗をかいてぴゅんぴゅん風みたいに走らなくちゃ
こんなにいい日にもったいない。
そうだろう?

虹子

『虹が出たよ』
おしゃれなにじこは
かしこいにじこ。
おねえちゃんたちから
おさがりをもらって
きょうはこれ!
あしたはあれ!
そのひのきぶんで
きこなすの。
すごいいろの
ふくも──
いつか、はやりになるときが
くるかもしれない。
ものもちいいって
いいことでしょう?
きょうは──
ヒカルおねえちゃんが
ひやけをしてはしりまわっていたころの
おさがり。
はんそでも──
たんぱんも──
おぼうしも
すっかりちいさな
ヒカルおねえちゃんが
おうちのおにわに
またあらわれた。
おくつだけは──
はきつぶしてしまったんだって。
にじこのおくつは
はるやすみのおくつやでみつけた
あたらしいおくつ。
すなぼこりがたたないように
みずをまいた
みずたまりのおにわを
あたらしいおくつがはしる。
ヒカルおねえちゃんのおさがりのふくもはしる。
あたらしいおくつとおさがりのふくは
なにをみつけるの?
ヒカルおねえちゃんのちいさいころ
おなじけしき?
それとも──
あーっ!
みずたまりに
ちいさなにじがひかるよ。
おにいちゃんもみてあげてね。
にじはなないろで
かわいいの!

小雨

『簡単じゃない』
泣いても笑っても
ついにわが家に春がやってきました。
汗かき過ごす
暑い日に
押し入れから次々と
お部屋のタンスに押し寄せるのは
かわいい肩出し
かわいいへそ出し
かわいいおひざ出しの
快適な夏服の大波。
小雨は
あまり肌を出すのが
落ち着かなくて、
恥ずかしい──
しかも立夏ちゃんがすすめてくれるのが
ひときわ大胆で
大人っぽい──
もうすぐ中学生ならこれくらいは着ないと
いけないんだって
おどろきの服が多いです。
そうなんだ。
中学生っておそろしい──
小雨はこれから本当に、
やがて夏服を恥ずかしくなく着ることのできる
大人になれるのか
いつも心配してしまいます──
夕方になって風が出てきたら
少し厚い服を
震える肩の上からもう一枚。
さらにエプロンをつけて
夕食の準備を始めたら──
涼しげなおそうめんの付け合わせに
まだまだ日の落ちた後にはあつあつが恋しい
なすとまいたけの天ぷら──
あんまり急に
暑くならないでくれると
小雨もゆっくり心の準備ができそうです。
夜になったらまたもう一枚を羽織って
ほっとして──
考えます。
明日が来たら、そうしたら
今日より少しは恥ずかしくなく夏服を着ていられるのかな──
もうすぐ中学生の小雨は
どうしたら大人になれるか
まだちっとも全然わからないまま──です。