『特別』
春が来たわね。
かといって別に話すこともないし
仕方がないから
あまり言うほどでもない話をするわ。
ユキちゃんが本を買ってもらえるというので
小さい妹たちと読める
やさしい本にするか
それとも少し大人向けの
難しいかもしれないお話に挑戦するか
本棚を見つめて
考えていたということ──
それから
みんなが自分の名前を
外国の人に英語で紹介する機会が
もしも訪れた時、
どうなるのかと話題になったの。
海晴姉さまはわかりやすいわ。
霙姉さまもきっとその国で表現する言葉があるのでしょうね。
雪まじりの雨が降らない国も
そうないと思うし。
一瞬悩みそうなマリーちゃんも
ちょっと考えてみれば
マリーちゃんでいいんだわ。
そう気付くし──
立夏ちゃんも、だいぶみんなで意見を出したけど
夏の始まりというニュアンスでいいと思う。
そうして試していくと
最後に残る
とても訳しにくい難しい名前はというと──
でも、そういう名前に限って
日本語で言ったときに含む意味合いは
多重的になって面白い場合があるって
フォローしてもらったわ──
そういうフォローでいいのかしら?
結局、なんて言って外国の人に説明すれば言いわけ?
きれいで上品な響きだって言ってもらえたけど
私は時々
そんなに気取った名前でなくてもよかったと考える時があるわ。
あとは──
お庭の枝拾いもだいたい終わり、
力が出るようにおにぎりをおやつに食べることもなくなり、
明日からのリクエストを受け付けていると、
蛍姉さまからのお知らせを
あなたも聞いたでしょう?
というのは──まあいいか。
自分で考えることよね。
うーん──
庭の隅に咲いている紫の花の名前は
誰に聞いても知らないって言うけれど
そんなことってあるの?
とても小さな花──
吹雪ちゃんが百科事典で見つけ出すまで
咲いているかしら。
青空ちゃんがヒカル姉さまをかけっこで追い抜いて
一等賞だったんだって。
あんまり太陽が当たる場所は暑くなり
日陰で本を読むのにいい場所を見つけたわ。
静かで──
落ち着くの。
言うほどでもない話は
だいたい、このくらい。
おわり!

夕凪

『時間が足りない!』
なぜ?
春になって
外で遊んでいられる時間が増えた。
あんまりいろいろ外出もできないし
ふだんはお庭、
たまに公園に行くくらいで
できることは
そんなにないはずなのに──
今日も遊び足りない。
きのうも遊び足りない。
きっと明日も──
赤く染まり始めた山の端を
さみしく見つめる
夕凪の視線!
まだまだ
もっと
走り回っていたいのに──
なにしろ今日は
冬の間に庭の隅に寄せた
あの真っ黒な
枯れ木を集めるお手伝いをしているうちに
いい形の枝を見つけたんだもの。
長すぎず短すぎず
ちょうどいい。
太さも
手に持った時に吸い付くようにぴったり。
こんなにすてきな
マホウの杖があったら
なんでもできるはずなのに──
夕方が来るのは止められない。
そうかもしれないとは
思っていたけど
やっぱりだった。
でも、もしかしてと
今回ばかりはと
そんな気もちょっぴりしていたのに!
夕凪の本当のマホウの杖はどこに──
いつになったら見つかるのか?
大きくなって
頭が良く何でもできるようになるほうが
先じゃない?
明日も枝拾いだよ!
一休みの時間には
お姉ちゃんたちのおにぎりも食べて──
夕凪はまだまだ
まだまだまだ
春の夕暮れにはしたいことがいっぱい。
こんなに楽しい春の時間が
夕凪が遊びつくすまで
いつまでも続けばいいのに──

『ミッシング』
きょろきょろ。
どこへ──
行ったのでしょうか?
おうちのかわいい
あーちゃんの姿も
泣き声もない。
いくらやんちゃで
元気いっぱいだからって
翼を広げ
空を飛んでどこかへ行くはずは
ないのだし──
小雨と曇り空、
それに少々の強い風。
冬物をしまった後には
少し肌寒い毎日。
あーちゃんを抱っこして
暖を取ろうと考えたら
誰かに先を
越されたでしょうか──
と思ったら
お兄ちゃんに抱っこしてもらっていたんですね!
安心した寝顔──
お兄ちゃんのがっしりした腕の中でなら
もう百年でも二百年でも
このままでいて全然かまわないとでも
言うような──
静かな寝息が聞こえます。
ああ!
あーちゃんを抱っこできる
お兄ちゃんもうらやましいけど
でも、お兄ちゃんに抱っこしてもらえる
あーちゃんもいいですね!
小さい頃から
お兄ちゃんがおうちにいたらなあ──
一つ違いでは
いくらたくましいお兄ちゃんでも
赤ちゃんの蛍を抱っこしてはもらえなかったかも
しれないけれど──
それでも夢はあきらめきれないものです。
蛍が赤ちゃんで
お兄ちゃんがいて
そして、蛍はいつもお兄ちゃんを探している──
あーちゃんが目を覚まして
お世話が始まるまで
蛍が見ることのできる短い夢。
幸せそうな寝顔のあーちゃんは
どんな夢を見ているのかな?
蛍もそんなに負けていない気もします。

あさひ

『ぶあば!』
にゃーにゃ!
あーたんばっば
ぶあばっば。
きょろきょろ
ば?
びび!
むーん──
ぶぶぶ!
むーむむ──
あば!
ふわっばー
きゃっきゃっきゃ。
(おにいちゃん!
 あーちゃんという
 すてきなこどもを
 しっているか?
 かわいくて
 あかるくて
 あまくって
 みんながすきになるんだよ。
 どこにいるの?
 みぎか?
 ひだりか?
 それとも
 ただのうわさだったのか?
 じゃーん!
 あさひはここだよ。
 あえて
 よかったね。
 いつもおうちにいるからおぼえてね。)

『始原』
春が来た。
気候も良く
新鮮な気持ちになり──
新しい挑戦を始める子が
増える時期だ。
新しい種を
花壇に撒いたり
新しい本を探したり、
あらゆる始まりを誘う
強いエネルギーに満ちている。
今まで聞いたことのない
謎の悲鳴や
不思議な言葉のやりとり、
そして
大きな歓声──
家の中のどこもかしこも
まだ見ぬ出会いの喜びが
飛び交っているようだ。
全てが始まったという
宇宙が膨らみだすビッグバンの瞬間も
こんな様子だったのだろうか?
多くの宇宙論
はじまりがあると仮定した場合は、
それは非常な高温高密度であったと
考えているから──
どこか目の前の景色に
似ているな。
やはりここからはじまるのか?
それに昔の地球で
最初の生命が生まれた時も
おそらくは強烈な自然現象が
天も地もひっくりかえすように──
そう、まさにあの
今聞こえてきた夕凪の叫びのような
世界だったのだろう。
裁縫を教わると言っていたからな。
針仕事は見た目以上に大変だ──
私もついまわりにつられて
何か始めてもいいのかな?
はじまりの季節にふさわしい
パワフルな趣味の一つでも──
と考えている。
でも、今のところは
救急箱を運んで助ける
新たな白衣の天使が生まれるということにしよう。
ここにあるのが救急箱だ。
中身もさっき確認しておいた。
あとはお茶の時間を楽しむ私が
重い腰を上げる強い力だ──
春にはもうあとちょっと
そのあふれる力を
分けてもらう場面がありそうだな。

綿雪

『夜の掟』
とても長く
じっとり深く
暗い夜──
闇におびえながら
寒さに震えながら、
子供は夜を
泣いたりせず
体にも気を付け
良い子で元気に過ごすのが
大切なお仕事。
ユキのおうちは
小さい子も多いから
お姉ちゃんは
下の子たちの面倒もたくさん見なければ──
いけません。
ユキもあんまり
お兄ちゃんと一緒のお布団で
眠りたいとか
手をつないでほしいとか
そればっかりをいつも言わないようにするの。
できているかは
わからないけど──
夜に震える子を
元気づけてあげられるのは
暖かな明かり。
寒い時間には
すぐにわかる
ぽかぽかあったかな気配のするほうへ──
さみしがりたちは
集まっていく。
そして、顔を合わせては
にっこりと
しているの。
なんだか──
ここに来れば
いいことがありそうな予感が
していたんだって。
でも、春になって
暖房はひとつひとつ
片付けてしまって
いるでしょう?
寒そうにしている子が
どこに行けばいいのか
わからなくなったら
たいへん!
そんなときは
ふだんから暖かくしている
ユキのお部屋は
どうでしょうか?
おもちゃもあるし──
キッチンも近いから
ホットミルクの用意もすぐできる。
あんまり
ほこりになると
困るけど──
ユキの妹はいい子ばっかりだもの。
うるさくしないと思います!
お兄ちゃんからも伝えてみてね。
さむいさむい
おそろしい
時刻が来たら──
ユキお姉ちゃんがお部屋にいるかもしれませんよって。
でも、本当に
いつでもユキが間違いなく
いてくれるのでしょうか?
たまにお兄ちゃんが
確かめてみないと
わかりませんね。
心細い夜には
家族を見つけて
暖かいところを探さなければなりません。
風邪をひかない良い子になるために──
お兄ちゃんも、お気に入りの場所を見つけたら
たずねてみてね。
みんな待っていると思います!

虹子

『リズム』
ででん。
はるがくると
にじこがおどる。
おどって
うたって
おしゃれをする。
にじこがおどると
かげもおどる。
にじこがうたうと
ことりもこたえる。
おにいちゃん!
おとなのひとは
はるになってうれしくても
おどったり
うたったりしないって
ほんとう?
そんなあ……
にじこは
おとなになっても
おどったりうたったりするの。
おとなのにじこが
おどると
おとなのかげもおどる。
おとなのにじこが
うたうと
よくそだった
おおきなとりが
こどものことりをつれて
やってくる!?
おとなの
にじこも──
ちいさなこどもと
いもうとと
おねえちゃんが
いっぱい
いなくっちゃあ。
おしゃれは
おとなになっても
するんだって。
うれしい
はるのよろこび。
おにいちゃんもおしゃれをした?
それともこっそり
おどったり
しているの?
にじこにだけは
おしえても
いいよ。