春風

『やり残したことは何もない』
春風です。
新学期も始まって
なんだかみんなの気配も
そわそわ
うずうず
新しい始まりの予感で
落ち着かなくなってきている感じ。
春ですね!
いいことです!
春風も──
このまま春のせいで
うっかり恋が実って
しまわないと──
そう思うと
いてもたってもいられません!
でも、立ち止まって
あたりを見回すと
始まりの予感に置いて行かれた
あれは春休みの名残り──
作りかけのジグソーパズルや
まだ肌寒さを感じる首元を暖めたい
心のこもった編み物の途中。
なぜか片方だけ洗い物がすんで
もうひとつが転がったままの運動靴。
ウフフ──
春風が見つけたからには
中途半端なままで
放っておかなくても
かまわないものばかりですね!
ではさっそく
まだ残るわずかな寒さをこらえて腕まくり、
靴はすっかり洗ってしまい
編み物もすすめておいて
ジグソーパズルも完成させ
ついにまるごと片付けないと!
散らかったままでは
新生活の始まりにふさわしくないものね。
でも待てよ?
ジグソーパズルは作り上げてしまったら
楽しみが失われないかしら──
編み物も手を出してしまっては
悪いかもしれないし──
もしかしたら靴を洗ってしまうのも
余計なお世話なのかも!
ああ、悩んでしまいます──
今日もまた
楽しい春の一日。
王子様もやり残したことが
思い当たったりしない?
春風が見つけ出して
すっきりさせてしまう前に──
手をつないで登校する約束や
放課後の予定を聞き出す用事は
すませておいたほうがいいと思います♪

氷柱

『ラストバトル』
陽気が良くて
勉強もはかどる時期ね。
年度末のおさらいテストも、
新学年になってからの
実力テストも
がんばったなりの結果。
気を緩めるのは
いけないけれど──
今のところは十分と言っていいでしょう。
誰に自慢するというものでも
ないけれど──
蛍ちゃんと話していると
なんとなく聞き出され、
おそらく人の好成績を口実に
メニューを少し豪華にするのを
狙っているみたいだわ!
ときどきは
あまり無理しすぎないよう
心配されることもないではないけれど
別に私だって
無理をして続けているわけじゃなくて
調子がいいと
楽しいから──
やっているだけ。
フフ──
勉強が楽しいって
みんなに言わせると
不思議だそうよ。
でも、立夏が欲しがっている
よくわからないオシャレなやつの
新しい靴が私たちのところに届くのも
いろんな人がそれぞれの専門分野で
結果を出しているからでしょう。
マリーが建てたい大きなお城も
数学的な技術の蓄積があってこそ。
自分には関係ないみたいな顔をしている
ヒカル姉様のふかふかタオルやスポーツドリンクの
研究だってそう。
スポーツの分野に今や科学は欠かせない──
そうでしょう?
私の試験の成績が
やがて将来どんな分野で
結果を出すのか──
そりゃあ進みたい方向は考えているけれど
何が向いているか
中学生でそんなにはっきりとは
わからないんだもの──
叶えられそうにない夢があったら
かわりにやってもらえるように
下僕を操作する技術も鍛える必要があるわね。
いつか来る日のために
今はコツコツ
ただ地道に──
それが楽しいだけよ。
だから今日の好成績は
ゴールでもないし
何かの決着がついたわけでもない
道半ばなのだから──
蛍ちゃんにもそんなに喜ばなくていいって
あなたからも言っておいてよ。
少し──今日のメニューが豪華になりすぎてしまいそうな話になって
そんなのいいのにって
思うんだから──

海晴

『暖かな思い出』
ぽかぽか陽気に
うっとりしっぱなし。
日なたにいるだけで
なんだかうれしい
季節はもう春。
こんな時期は
思い出すわね──
あれはかわいい麗ちゃんが
まだ小さくて
目を離せなかったころ。
出かけた旅行先で
たどり着いた小さな駅は
人も少なく
迷子の心配もなさそうで
ずっと気を張りっぱなしの私やママや
たまに頼りになる霙ちゃんが
みんなを集めて
一息ついた
その瞬間──
走り去る電車から手を振る
麗ちゃんの姿が!
駅員さんにあちこち連絡してもらって
なんとかつかまえた
後で聞くと──
ちゃんと旅のしおりには
時刻表の通りに
すぐまた合流できるって
書いてあったでしょう!
って言うけれど
そんなところまで
見てなかったもの!
キミも麗ちゃんががんばって用意してくれる
旅のしおりに
どこか罠が仕掛けられていないか
旅行の時には気を付けてみて!
えっ!?
麗ちゃんの中では
あの大変な出来事が
記憶も定かではない
夢の中の話になっているって!?
まあ、小さい小さい頃の
出来事だったものね──
麗ちゃんはその気になれば
自分の力でどこでも行けて
そして本当は
なんでも実現できてしまう
かしこくて
たくましい子──
たまに泣き虫で
今はみんなに守られていることを
不満に思うこともあるようだけど
またあんなふうに
本当にやりたいことを見つけて
自分の力で旅立って行ってしまう──
そんな時が来るような気がするの。
それはとても
さみしいことで──
だけど何もできないよりは
旅立つ時に
せめてできることを
してあげたい──
もし、その時が来たらのお話。
私たちに覚悟ができているか
わからないし
考えても、お弁当に一杯おいしいものを入れて
もたせてあげるくらいしか
思いつかないけれど
たぶん私たちの準備とは何も関係なく、
麗ちゃんは突き進んで
やりたいことを見つけて
それでいいのだから
私のほうも、心構えくらいはしておかなくちゃね。
今日も家族と過ごす
にぎやかな春の一日。
暖かい光を浴びて
こんなに楽しい毎日を過ごしていると
私はいつも
楽しいことばっかり思い出しているの──

『春眠』
春の日なたで
あーちゃんがうたたねをしている。
海晴姉さまも
目を閉じて
暖かな光を浴びて、
このままでは私も
もうすぐ──
そういえば
この時期には時々夢を見るの。
定期的にレールのきしむ
かすかな振動、
線路を走る
車両に揺られ──
そこは
他に誰もいない
貸し切り状態。
何両編成の
どこに乗ったのか、
そもそも何という路線なのか
何も知らないまま
どこまでも続く
春の景色の中を
ガタンゴトン
──
都会生まれの
まだ一人で旅をするのも許されない子供。
そんなぜいたくな経験は
今まで一度だって
あるはずがないのに
どうしてか
夢の中の私は
やっとこの時が来たんだ、
子供の時から
ずっと──
こんなふうに過ごすのは
わかっていたんだって
そんな気分になっている。
今、目を閉じたら
同じ夢を見るのかしら?
本当にあったことのようで
どこにもない──
でも──
それでも
夢の中の世界にいる私は
これでいいって
ちゃーんとわかってるんだって
そんな顔をして
すましている──
このまま春の穏やかな陽気に
抵抗できなかったら
きっと
もうすぐなの──

綿雪

『星を見た』
まだまだ朝晩は
寒い時もあって──
普段から暖かくしている
ユキのとなりに
寒そうに身を縮めた子が
ぴったり。
夕方になったら
早く帰らないと
ふいに冷たい風がやってきて
押し返されてしまう──
着るもので調節するのが
少し大変な季節ですね。
お兄ちゃんも気を付けて!
寒さはどこからでも
訪れるのです。
おうちへ早めに帰るように
していると──
まだ暗くもならない時間なので
ゆっくりお日様が
山の端にかかることもなく
ましてや一番星を探すことさえ
今の子供たちには──
夢のよう。
しばらく見ていないけれど
カーテンの向こうにある
夜の空で
星空は今日も輝いているでしょうか?
ときどき
カーテンをちらりと寄せて
探してみても──
寒くない時は
いいのかしら。
あの光は
遠く遠く
はるか遠くの彼方で
とても大きな星が燃えていて
私たちのところまで
遠くまで、
届くのだそうです。
いつでも星を探したい
小さな妹に
むしくいで穴の空いた布から
のぞかせてみても──
だからなのか、夜空の星とは違うようです。
でも、あんまり大きな光が近くにあると
暑くてもいけないし
ときどき探すくらいがいいのかも。
ユキたちの眠る頭の上に
今夜も星がきらきらとまたたく──
会えなくても
あこがれの素敵なお星さま。
ユキのまわりにはきれいなものがいっぱいあるの。
お兄ちゃんも
カーテンを寄せて探すなら、
どうか寒くないようにしてね。

立夏

『おつかい』
お天気のいい日は
お買い物に行こう。
メモを手に持って
買ってくるものを
全部忘れないように。
ひとつやふたつか
みっつくらいは
買い忘れることも
あるけれど──
お天気がいい日は
許してくれることだって
ときどきある!
だから
のんびりと──
お買い物に行こう。
いそがしいオニーチャンや
やさしいお姉ちゃんたちの
お手伝いができる
立夏を見つけて
ヒマをしている
妹たちは
自分も行きたいって
ついてくるよ!
でも
みんなはだめ。
迷子になるし
うるさくなるし
楽しくなって
買い物を忘れやすいし──
立夏のわずかなおこづかいで
自分の分を
買うついでに──
小さなお手伝いさんにも
もうひとつ!
ということが
できなくなるもの。
立夏が手をつないで
いいお天気の中を──
ゆっくり歩ける子は
一人だけ。
片手にメモを、
もう片方の手は
離さないようにつないだ
妹のため。
お買い物を
ひとつやふたつや
みっつは忘れても──
小さな家族は
忘れずに家に連れて戻れるのが
りっぱなおつかい。
立夏と行くもの
だーれだ?
ひとりだけを
じゃんけんで
決めようねー!

観月

『闇の奥底』
まっくらにくらい
森の深み──
次第に明るい春が来て
夜に潜む者たちも
強い日差しの下に引きずり出されようとする
今日このごろ。
それでも──
少し前みたいに
薄曇りの空の下で
心地よく背を伸ばし
時には敵を気にせず丸まって
寒くても気ままに過ごしていたものたちは、
日が当たるようになると
うまく暗がりを探し
安全かどうか鼻を鳴らして
転がり込んでいくようになるのじゃ。
ずっとそうして
怖ろしい森のぬしから
逃げてきたので──
おひさまの強い光が照らすほどに
影の色も濃く
身を隠してくれることを
知っている──
兄じゃも時には
かくれんぼのときに
押し入れの戸を閉めて声をひそめたときの
もうこっちから出ていくまで
見つかることはない
してやったり感を
思い出すこともあるのではないか。
春の光が強くなり
影に沈む場所が季節で変わっていくたび
新しい隠れ家を見つけて
わくわくする──
子供たちはそういうものじゃ。
だいたい──
お山のけものとそんなに変わらぬな。
もしも兄じゃがある日
ひらめいて
よい隠れ場所を見つけ出したとしたら
音がなくとも
見えずとも。
わらわはきっと
すぐに見つけ出して
背中の方から
わあっ!

おどろかせたりもできるぞ。
春の明かりのもとでも
かくれんぼが得意な子供の
不思議な自信は
そういうものなのじゃ──