小雨

『秘密の香り』
あーちゃんの様子が少し大人しい気がするの。
ミルクも飲んでたくさんはしゃいで
寝かしつけの子守歌に合わせてうれしがって手を打ったりするところは変わらなくて
いつもお兄ちゃんに抱っこしてもらうといつも笑顔になるくらい眠るのが好きなのに
こんなに大暴れでいつ眠っているんだろうと謎めいたところは何も変わらないけれど
ときどき何か物足りなさそう。
びっくりしたようにまわりを見回しては
なんだか謎の答えが見つからないよう。
これはもしや
ひと夏の思い出が過ぎ去ってしまい
もうそろそろ過激な夏が終わって
秋が来ることに気がついているのでしょうか。
まさか!
元気と明るさがとりえのあーちゃんが
物思うのはまだ早いんじゃないかなと思うの。
小雨なんて毎日しょんぼりしていて、
明るく無邪気だったのは赤ちゃんの頃だけだったかもしれないのに
あーちゃんはまだしばらくのあいだ、悩み事がなくていいんだよ?
だからほら
立夏ちゃんも今日だって難しい顔なんて一つも見せずみんなとこまをまわして
なんでこま?
お正月ではないけど、たまたま押入れから出てきたりした?
謎がいっぱいでも
いつでも明るいほうがいいんです。
それとも小雨がしっかりしていなくて心配をかけてしまったのかな……
自分でお外に干した洗濯物は
夕立にあわないように窓辺でずっと見ていたのに
ついつい眠り込んでしまっているんです。
開いておいた本もお顔の下……
そして顔にはうっすら文学的な内容の鏡文字が……
暑さに少しやせた頬から難しい本になりかけている。
なかなか女の子らしい明るさや快活さとは無縁のお姉ちゃんに
あーちゃんが早くも将来を不安に思ってしまったとしてもおかしくはない?
かわいいあーちゃんだから、小雨には似ないと思うけど
小雨も小さい頃は意外と元気だったというし……
本当に本当に小さいときは
立夏ちゃんからおもちゃを奪いとって
ひまそうだった麗ちゃんに貸してあげていたという
女傑を思わせるような過去もあったらしく
あるいは立夏ちゃんからおもちゃを借り受けるのに
その頃から苦労してお願いしているようにも見えたとも聞いていますし
どちらにしても立夏ちゃんはあまり困った顔をしてないで
すぐに別の遊びをはじめたと
子供の頃から才能の違いを感じるような話もあります……
ううん、小雨は性格だから
前向きになるのに時間がかかっても
そういうものだからまあいいかなあって思うんだけど
あーちゃんは性格じゃないですよね?
欲しいものがあったら
青空ちゃんからもにじちゃんからもお兄ちゃんをぐいっと奪い取って
寝かしつけをおねがいしている毎日だもんね。
でも考えてみたら
立夏ちゃんもお兄ちゃんは譲れないらしくて
本当に欲しいものは
小雨のたくさんお願いをして、夏の最後のお祭りにお兄ちゃんと一緒に歩きたいって
相談をいろいろと……
って、お兄ちゃんに言ってもいいものだったのでしょうか……
春風お姉ちゃんの考えによると
どうも旅行の後で新調したあーちゃんの毛布が納得行かないのでは、
たぶんいちばん慣れているお兄ちゃんの匂いをつけるために
今夜からいくつも毛布を抱いて眠ってもらったらいいんじゃないか、
そうしたら自分でもひとつ毛布をもらって確認できるし
なにしろあーちゃんのお姉さんなんだから感覚も似ているかもしれない、
とのことです。
そのうちお願いに行くって言っていたけど
これもお兄ちゃんに伝えるのは気をつけないと
びっくりさせてしまうからとタイミングを狙っていたような……
でも、小雨は地味で引っ込み思案で
あんまりお兄ちゃんがびっくりすることは思い浮かばないような子だから
大丈夫でしょうか──
びっくりしていない?
あーちゃんが安心するならお手伝いをして
小雨のところにも毛布をもらって
立夏ちゃんや麗ちゃんが寂しそうにしていたら一緒に眠ってあげて
そしたら少し──
小雨もぼうっとしすぎてうたた寝も減るかもしれないと
思っただけなんですけど
暑い夏の夜に布団を何枚も、はちょっと大変なお願いだなあって
すっぱり小雨はあきらめたから
お兄ちゃん、安心してください!
小雨がもう少ししっかりして
あーちゃんが安心してくれたら解決すると思います。
ひとりでも、やらなくちゃ。
小雨のことだから明日にはどうなっているかわからないけど
って、今からそんなことを言っていたらいけないので
今はただ、目標を持つところからはじめてみます。
しっかりできるようにと──ただそれができたらな。