『なぞのみせ』
店内の雰囲気が良いからといって
食品の味が変わることはなく
店員の制服がかわいいからといって
味わいが深まるわけでもなく
ただ私たちの家族には
食事の喜びが、味そのものばかりでないと
そう信じるものが多いように思える。
同じ家にいても
はっきり目を覚ましきれないねぼけまなこのままか
すぐにしゃきっと年長の家族を起こしに行くか
様々に異なる、それぞれのさわやかな朝を迎えながら
思い思いの願いや希望を込めた朝食を
並んだ皿から分け合い
誰もが何かと大変な思いをして
他の何者にも得られない経験を綴りながら
過ごした一日の終わりに
どうにか訪れた最後の大きな節目には
ただ食事をとるばかりではなくて
いくつもの苦労をねぎらい
多くの発見を語り合って
数え切れない感情を交わせる家族に
いろいろあったことを思い出しながら
明日をまぶしく夢に見る時間を共に過ごしたいと
そんな大げさな気持ちを膨らませて食事の時間を迎える者だって
私の家族には何人もいるのだろう。
だから少し時間をかけることがあったって
支度にずいぶん汗を流すとしても
どうしてもやめられないで
いつものようにまた
愛するものたちを迎える準備をして
食事の席で待っているのだと
そうしていたい気持ちは
春風や蛍だけじゃなくて
一人の食事のカップラーメンで満足している麗だって
オマエを誘えたらならうれしそうだったし。
きっと我が家の一人や二人だけが持っているだけの気持ちでは
ないのだろうと思う。
そういうわけだから
楽しみな夕暮れのひとときを今まさに迎えようとする時間に
私が唐突に袴とブーツであらわれて
自作のあんこスパゲティをみんなに披露したとしても
何もおかしなことはない。
このごろは、徐々に深まる秋を迎えて
裁縫仕事で忙しいようだから
私が名乗り出て食事当番を任せてもらう流れは
もはや自然な成り行きだと言えるだろう。
蛍も喜んでこんな服を用意してくれたものだし。
和食の予定を言い出す前から
日本的な情緒を意識しているこの着替えは
はたして?
ふむ……
蛍もどうやら
私のアイデアによる食事のレパートリーに
期待をしていると見ていいのではないだろうか?
海晴姉も、キッチンに立つ私を見て
よく言ったものだ。
料理をしている姿だけなら様になるのに、と。
どうも素直に受け取るには含みがありそうな褒め言葉だが
細かいことを考えてもきりがないのだし
これはつまり、似合っているのだなと受け取って
弟に自慢してもかまわないのだろう。
どうやら私は見た目もなかなか
様になっているらしいぞ。
普段は、ヒカルほどには下級生に騒がれたりしないが
もしかして家庭的な場面こそが私の得意な環境なのかもしれない。
この姉が本領を発揮した姿を見ることができるのは
同じ家に住んでいる人間だけなのだ。
いい姉を持ってよかったな。
あんこスパゲティのほうは
蛍が渡してくれたレシピのまま、あまり工夫を盛り込めなかった。
それは今後の課題だ。
今日のところはまあ、おいしそうにできたことだし
これで問題ないだろう。
さて、この衣装はそう毎日着るものではないだろうから
またリクエストがあったときにするとして。
話を請け負った時の勢いで
明日以降も二、三日は夕飯の支度を任されてやってもいいと
胸を張って春風と蛍に宣言しておいたが
たまに慣れないことをしたのもあって
休息も必要だと考え直した。
だから明日は頼りになる人間に一任するのも
私の権限で特に問題ないと考えている。
オマエも全面的に任せてもらえるほど姉の信頼を受けているなんて
うれしいことだろう?
明日の料理にあえてリクエストはしないし
着替えも全部蛍に任せるので
偉大な姉の影響に縛られることなく
自由にのびのびとやってほしい。
楽しみにしているぞ。
オマエを取り巻く事象がいつもそうであるように
多少はカオスな食卓になったとしても
それも期待のうちだ。
いざとなったら
カップラーメンを作るのは
麗に負けず、私も得意だぞ。
何の憂いもない。
好きなことをやるといい。
オマエが思いのままに目指す
自分だけの自慢のお店ができたら
それはきっと
オマエを愛する者みんなの喜びになるんだ。