『至高』
カツ丼とはとてもいいものだ。
出汁の甘みとしょうゆが程よくしみこんだ味付けに
ボリューム感がありながらも柔らかく煮た豚カツ。
学食でも人気のメニューとなっている。
食べ盛りの胃袋を支えるため
学食は昨日も今日もカツ丼の匂いで満たされる──
いや、今日は土曜日だからお休みだな。
残念なことだ。
もちろん私だって学食を利用することにかけては
まあ人並みと言っていいだろう。
私の家族にはありがたいことにお弁当作りの経験を積んだ子が多い。
大家族がいつも食事に満足できるのは
春風や蛍たちの努力があってのこと。
だがそれはとても良いことであるとして
でもまた別の話で
学生たちには学食のカツ丼を食べるという経験が
どうしても必要となる時期は存在するのだ。
そうだろう?
お弁当に工夫と愛情が詰め込まれているのは確かでも
湯気立ち上る温かな料理の楽しみというのは格別なものだ。
カレーやラーメンと言った人気のメニューも
ボリュームと食事の喜びと
それらの需要に応えている面があるのだろう。
さて、お弁当よりも
学食をたまには利用してみたいと考えるとき
私たちの家では早めにママに話をしておけば
なんと──
一食分のおこづかいがもらえることがある。
四百円の臨時収入によって購えるお昼の楽しみ。
この小さな硬貨の四枚が
朝から私を支え
学問を修める力に変わる。
うれしいことだ。
お弁当がないのは残念だが
知っているか?
そういうとき、春風は一人分のお弁当を少し余らせ
私が晩ごはんで食べる分を
残してくれているのだ。
なんとよくできた妹だろう。
私のような姉にはもったいないな──
……
さて、実はここまでに
ひとつ意図的に説明を省いていた
隠し事がある。
なんだかわかるか?
そう──
夕食の量が増えるということは
お昼の食事を多少抑えても問題ない。
もっと言ってしまえば
魅惑のカツ丼をいったん考えの外に置いた場合
手元に四百円が残る選択肢が与えられるということになる。
放課後に本屋へ寄り道をする軍資金が心強いものになるし
おなかが空きすぎて寄り道をする気力もないとなれば
休日に財布の余裕を回すことさえも可能となるのだ。
ああ、だがしかし
天は必ず人の全てを見て
その行動にふさわしい結果を与える。
たとえそれを信じない人がいるとしても
私だけは忘れないだろう。
本屋からの帰り道に
怪しい空模様からぽつりぽつりと落ちる雨粒で
一冊の本がしわしわになってしまった悲しみを
私はずっと忘れることはないだろう──
やっぱりよく食べて学問に励み
世の中の役に立つ姉になるほうが
身も心も豊かな人生を歩む最短距離であるようだ。
私の日々から失われた
あの愛すべきカツ丼を
もう一度取り戻すには──
月曜日を待つことになる。
願わくば、カツ丼との再会が喜びに満ちて
青春の日々を彩る変わらぬ味をまた知ることができたらいいが。
もしもオマエが学食のカツ丼に
刺激的な辛子を多めに求めるならば
注文の時に一言お願いをするのだ。
覚えておくと学生生活が豊かになる知恵のひとつといえるな。