バレンタイン17:43くらい

・綿雪
今日はバレンタイン。
世界中どこでもバレンタインです。
ぴょこぴょこ
お庭のかえるも。
観月ちゃんが知っている
裏山に住んでいるこだまも。
お池のめだかも
今頃はバレンタイン真っ最中。
好きな人のことを
考えている?
胸の中が
あったかく──
なるのは、人間だけ?
ほかほか、不思議な気持ち。
こいごころで
体が熱くなります。
人間だから。
それから、人間だけの特別があるんです。
ユキたちのおうちは
おとしごろの女の子がいっぱいだから
恋をしてしまった。
好きな人がいたら
受け取ってもらいたいの。
ありのままの気持ちをさらけ出すのは
こわい……
かな?
お姉ちゃんたちは
うれしそう、
でも弱気になったりもするの。
ちょっとこわい、って。
チョコ、
おいしく食べてもらえるかな?
ユキちゃんはどう思う?
お兄ちゃんは
みんなのチョコを喜んで受け取ってくれるでしょうか。
ええーっ。
ユキ、小さい子だよ。
まだ一年生なの。
お兄ちゃんの気持ち
そんなにわからないよ?
でも、
お姉ちゃんたちが心配そうにしていると
あれ、ユキしか知らないことなのかな。
教えてあげたらいいのかな。
大事なこと。
お兄ちゃんは、ユキたちの家族なの。
かっこいい、高校生だけどとっても大人の男の人。
みんなが頼りにしている特別な
ユキのお兄ちゃん。
小さい子たちがみんな好きなお兄ちゃん。
それで、お姉ちゃんたちから見たら
かわいい弟に
思えるらしい!
みんなにとって
大切な家族。
誰にとっても同じ。
だってお兄ちゃんは
やさしいし
すてきだし
ユキたちのこと
いつも好きでいてくれるでしょう?
大好きだよ、
いつも変わらない明るい笑顔で。
お姉ちゃんたちには
甘えてくれるかわいいい弟なんだって。
ユキは知らないけど
そうなんですか?
だけどね。
ユキ、お兄ちゃんの全部は
とても知らない。
本当は
好きな人はだれ?
お兄ちゃんに甘えてもいい?
しっかりもののユキのほうが好き?
元気で健康なユキでないと困ってしまう?
知りたいことばっかり。
だけど、
知ってることはあんまりなくても
ユキ、お兄ちゃんの特別なことを
たくさん知ってます!
お兄ちゃんは
おうちで食べるごはんが好き。
蛍お姉ちゃんと春風お姉ちゃんのごはん
よろこんで
おかわりして食べちゃう。
お兄ちゃんは
おうちの小さい子たちが好き。
泣き出したって
いいんだよ、
ちょっとびっくりしたけど
大丈夫だよ、って
一緒にいるのがとてもうれしいと言ってくれます。
大人のお姉さんたちも好き。
海晴お姉ちゃんのことを
すごいねー、
やさしいね。
おしごとも
がんばってるね。
霙お姉ちゃんも
お兄ちゃんの知らない大切なことを
なんと、たくさん知っているという!
すごいすごい!
お兄ちゃんと二人でお話しながら
そうなんだーって
感心するの。
そのうちユキも教えてもらえるって
お兄ちゃんは言うよ。
もう少しして、たくさん大事なことがわかるようになったら。
やさしく。
あったかい手をつなぎながら。
この手は離さないでいてもいいんだよ、って。
ずっとこうしていられるように
いちばん大事なことを
今日も一つ。
明日もまた。
お兄ちゃんが知らなかったことを
お姉ちゃんたちが教えてくれる。
やさしく教えてもらえるんだって。
お兄ちゃんよりやさしい?
ユキにいつもすてきなお姉ちゃんがいっぱいいること、
もう知ってるよ。
チョコレートを作るのは
キッチンに立つのも
なれないことばっかりで
ボウルをかちゃかちゃしたら
こぼれそう!
あわてても。
お姉ちゃんたちが励ましてくれて
一緒に作るのが楽しいって言ってくれたから
どうにか、小さいユキでもできました。
バレンタインに好きな人にチョコをあげられる
そんなすてきな日が
ユキにもやって来たの。
氷柱お姉ちゃんだって、
チョコを作るのは苦手だから
手を貸してあげられなくても
見ているよ、
何かあったらすぐ飛んでいくって
言ってくれたよ。
ユキに
がんばれ、
お兄ちゃんにチョコをあげてね、
みんな、お兄ちゃんのことが好きだから。
だってお兄ちゃんはみんなの家族。
やさしくて
大きくって
みんなと一緒にいてくれます。
ユキたちのこと
大好きなんだって。
うれしいの。
どうぞ、もらってください。
お兄ちゃん。
まだ下手だけど
ユキもチョコを作ったよ、
お姉ちゃんたちに甘えたりしながらだったよ。
お兄ちゃんと同じみたいに?
それとも、ユキのほうがずっと甘えんぼうのさみしがりやだったの?
ユキはいつだって
お兄ちゃんがユキを愛してくれていること知っています。
あんまり上手じゃなくてはずかしけど
バレンタインに、お兄ちゃんにチョコをあげたいの。
受け取ってもらえますか?
お姉ちゃんたちもみんな、お兄ちゃんと家族だから。
いつもお互いを大事に思っているから。
お姉ちゃんたちのチョコも喜んでくれる
と、ユキは思います。
どんなときも好きだよ、
いつまでも好きです、の気持ち。
届けることができるバレンタインの日。
こうしてお兄ちゃんの家族でいて
いっぱいの気持ちを届けられるから
ユキは、このおうちに生まれてよかったな、と思います。

・青空
あまーいにおい
してくるよ。
どこから?
みんなから。
おねえちゃんに
とびついて
ぎゅーっ!
そしたら
ちょこのにおい!
そらのあたまに
ちょこ、ふってくる?
ほわーん。
ふわ
ふわーんって。
おねえちゃんは
ちょこまみれ!
もーっ
おいしそうにしてたら
おなかすいちゃう。
たべちゃいそう。
ちょこ。
おねえちゃんが
ちょこのにおい。
でも、
おねえちゃん
おいしくなーい。
ぺろぺろ
て、あらったあとだから。
ちょこつくってるときは
あぶないから。
うえーん
そらもちょこたべたーい。
わらわれちゃった。
そらちゃん、なきむしね。
くいしんぼうね。
それに
ばれんたいんはそんなにちょこを
もりもりたべるひじゃないの。
あげるひなの。
だいすきなひとに
ちょこ、あげるひ。
そらちゃん!
ちょこをつくろう!
つまみぐいはだめよ。
おにいちゃんにぜんぶあげちゃおう!
やったー!
だからそら、
ちょこのかたまり、こねこねしてまるめた!
いま、ちょこまみれの
ちょこのにおい。
おひるごはんは
ちょこちょこ
あっちこっちにちょこいりの
おむらいす
うまーい!
とろとろたまごと、ちょこのあじ
ごはんにつぶつぶ、ちょこのあじ
かくしあじ
こっそり。
ほた、いうよ。
ほんばんは
ばんごはんだよ。
おひるは
そらちゃんのほうが
ちょこのにおい。
だからいまは
そらのほうが
ちょこなの。
おにいちゃん、ちょこすき?
あまーいにおい
すき?
そら、
つくったよ!
ちょこ。
と、
ちょこあじのそら。
おいしーい
そらだよ。
ばれんたいんは
すきなひとに
あげるの。
ちょこそら。
ぷれぜんとするよ!
めしあがれ!
いただきます!
そらばれんたいん
おいしいよ、
みーんな
おにいちゃんがたべちゃうよ。

・小雨
まいとし。
女の子はいつも
お兄ちゃんにチョコをあげたくなって
がまんできなくなってしまうんだそうです。
そういうものなんだ……
だから、できないがまんなんか最初からしないで
好きな人に
好きと伝えたくて
ただそれだけのために
全力で、まっすぐ突撃していくのが
バレンタインの
当たり前の過ごし方なんだそうです。
そうなんだ……
いいんでしょうか?
ぶつかっていっても。
バレンタインのときだけは
かまわない?
小雨は世の中のことを
あんまり知らないときがあるんです。
夕凪ちゃんが帰ってきました。
今日も明るい笑顔で
まわりにさんさんおひさまパワーを振りまいているよう。
いつも以上の熱気で
抱えたチョコの山は溶けてしまわない?
今は、ヒカルおねえちゃんと並んで台所に立って
最後の仕上げにかかっているみたい。
うれしそうな声が聞こえてきます。
それともこれは悲鳴?
ぎゃあーって。
ジャングルの生き物のような。
今年の小雨は早いうちにうまくいって
自分でも意外なことに
蛍お姉ちゃんのバレンタン教室、卒業一番乗り。
こんな年もあるんだ?
お兄ちゃんと過ごすバレンタインも
うれしい、もう何度か重ねた時間。
たまにはあるみたいなんです。
小雨が先生に回って
小さなかわいい妹たちの
もみじみたいな手の
あばれる元気な指先を見つめて
そっと小雨の手で触れて
教えてあげるチョコ作り。
こんな小雨でもいいのかな。
いつも大好きだった妹のみんなに
先生、
ありがとうございます!
こんなに笑顔をもらえる
お姉さん小雨になるなんて。
ちょっと
背が伸びたみたい?
立夏ちゃんが並んで比べるのは
たぶん小雨が、なんだか少し元気をもらって
怖がらずに背筋を伸ばしていられたから。
でも、やっぱり
小雨はいつも引っ込み思案でダメな先生なので
教えてあげたかったこと、なかなか上手に伝えられなかったし
昨日まで夕凪ちゃんについていたんだけど
結局、うまくいかなかったみたいで。
元気すぎるから
細かい作業がうまく行かないときもあるなんて
いつも元気をもらっている小雨には
もうしわけない!
と、思うけど
そんなに落ち込まないでがんばっているみたいでよかったです。
ヒカルお姉ちゃんも
夕凪ちゃんのことが気になったのでしょうか?
昨日までは、あんまり自分で作りたいっていう様子ではなかったんですけど。
遠くから眺めて
がんばってーって
応援してくれていたの。
小雨ももっと、夕凪ちゃんを助けてあげたいんだけど。
でも、バレンタインのチョコは
小雨が多めに作ったぶんをわけてあげて、
これをあげたらいいよっていうよりも
やっぱり夕凪ちゃんも自分で作りたいみたい。
最初から小雨にできることなんて
本当は、何もなかったんです。
ちょっとうまくいって
先生みたいな顔をしていても
お兄ちゃんにあげたい願いを叶えるのは
夕凪ちゃんだけの力、
それだけだから。
夕凪ちゃんがそんなふうに元気になるとき、
小雨は何も手を貸してあげられなかったの。
お兄ちゃんがいてくれて
やさしくて
夕凪ちゃんは、お兄ちゃんが大好きだから。
たぶん、いつも夕凪ちゃんはお兄ちゃんがいるから
あんなふうにがんばれるんです。
お兄ちゃん、夕凪ちゃんにいつも元気をあげてくれて
ありがとうございます。
実は小雨もチョコを作りました。
早めに仕上がって
ほっとしていたけど
最後のギリギリまで心を込めようとしているみんなのチョコレート作りには
とてもかなわないみたい。
でも、小雨も
お兄ちゃんにあげたかったんです。
おいしいチョコができたら
お兄ちゃんは喜んでくれると思ったから。
きっとみんなのほうが
すごい情熱を込めて
燃えるみたいに
寒い時期でも、心があったかくなるチョコを
小雨は今年、
ちょっと上手にできて
うれしかったんです。
それだけのチョコ。
お兄ちゃんにあげたくて作ったから
一口でも食べてもらえたら
小雨はそれで満足できると思います。
どうか、小さな妹の小雨を
優しいお兄ちゃんの力で
少しでも幸せにしてもらえたら。
バレンタインの小雨の希望は本当にそれだけ。
少し上手にできたチョコをあげられてよかった。
小雨がバレンタンに望むことは
なにもかも
ここにお兄ちゃんがいるだけで
ひとつ残らず叶うんだな、と思っています。