立夏

『桜のひみつ』
吹き抜けていく風が
さーっと乙女の髪をさらっていくと
つられて花びらがあわてながら追いかけるから。
はらはらと
透けるような桜色が頭にも肩にも積もり
それで立夏は笑ってみんなの背中を叩いてしまいます。
きれいだねってつぶやいたら
すぐ近くから同じ言葉が返ってくるの。
そうだね、
きれいだねって──
春は今日も暖かく
淡い色で街を飾る桜は今日もきれい。
こんな景色を見ながら食べるごはんは
いつでもおいしくて
とっても幸せになれるの。
もぐもぐもぐ。
ぱくぱく。
そよ風の中を踊るみたいに軽い指先はいつの間にか
からっぽのお菓子箱を手探りしている。
本当はもっとあったはずなのに
やっぱり開いた桜の花には
いたずらをする妖精が一人や二人は住んでいそうだと
前から思っていたとおり。
あのおやつもこっちのおやつも
いただかれてしまった。
むしゃむしゃ
ばりばりばり──
お徳用ラージサイズはあんまり信用できない。
本当ならば
遊んで転がってよく昼寝をしすぎたあとの臨戦態勢の胃袋を
かんたんに満たしてくれるのが理想。
やっぱりお徳用は頼りになるーって
食べかけを撒き散らしながらもう一度寝転びたい春の午後なのに──
絶対気持ちがいいのにな。
一人でごろごろしているのはさみしいだろうと
かまってほしい何者か近づいて
リッカの隙を見つけたのかも──
だってこんなにきれいな景色なら
桜の精どころか天使や女神だって降りてくる。
見とれているうちにおなかをすかして──
食べるお弁当はおいしくて幸せに決まっているの。
どんな美形の女神様よりも先に
いい景色と楽しいお花見で
いっぱいいいことを知ってしまった立夏をうらやんでいたら
お菓子くらい持っていってしまっても
それはもう悪いことなんかじゃないと思うから
しかたない!
きっとおなかをすかして気を失いそうになっているところへ
優しい王子が助けにやってきて
天使よりも女神よりも春の桜が好きなプリンセス、
さあ桜餅をおあがり、と言ってくれるの。
落ちてくる白い花びらのトンネルを抜けて
オニーチャンがもうすぐ
死にそうなはらぺこを見つけ出して
おやつよりも先に目覚めの口づけをくれる──
そういう幸せなことが起こる景色だな、
いいことが起こらないはずがないと
優しいオニーチャンのにおいがして
だんだん暖かくなってきたおかげで
リッカはこれから起こるなにもかもがわかっちゃう!