観月

『正体』
氷柱姉じゃは今宵も帰らぬ。
そればかりか
姉じゃたちがひそひそ顔を寄せて
自分も呼ばれているような気がする……
と、ぶるぶる震えている。
3月になってこのあたりに吹き荒れるのは
氷と寒さで責めさいなむ吹雪ではなく
春を告げる砂交じりの強い風。
そして突然近づいた謎めく雰囲気と
絹を裂く悲鳴を運ぶ夜の雷雲のような恐怖の嵐なのじゃ。
まあ、こういうわけのわからないときはたいてい
いつも細い腕に力こぶでがんばるママの仕業であろうと
前に立ちはだかって両腕を広げ
話を聞くまでは通さぬと言ったものの
あっさり横をすりぬけられてしまった。
わらわがまだ小さいから……
だが、くじけてばかりではいかん。
このごろやけに叫び立てる野良猫も
集まって話し合いをしているようで
わらわには何を言っているかわからないが
ただならぬことが起こっているのはまちがいない!
恐るべき何者かが待ち受ける屋敷へ
わらわが乗り込んでいって
氷柱姉じゃを帰してもらうのじゃ!
ん?
氷柱姉じゃがとらわれたのはあの桜の道の
新しい屋敷でいいのだったかな……
ともかく面白そうな場所を冒険に行くならば、
じゃなかった、人を惑わす妖怪が住んでいる屋敷ならば
わらわがこっそり踏み込んで様子を見てこなければならぬ。
どんなかわいいおばけが襲ってくるか楽しみじゃな。
ああいやいや、こわくてこわくて足がすくむのう。
ちょうど明日は土曜日。
子供が遊びに夢中で入り込んでしまってもおかしくない。
まずは身を清めて準備をして──
指先で弾く水しぶきも
ややぬるく──
心なしかやわらかく。
まるで勇気を出して出かける子供を応援してくれるよう。
すっかり春が来て
わらわももりもり元気で跳ね回る明日を想像すると
つい興奮して
水に触れた指先はすぐ、着物に袖を通すだけで
ゆかいそうに動き回る。
ふふ──氷柱姉じゃと違ってわらわはそう簡単には油断はせぬ。
こうして準備をしっかり済ませて、明日の朝まで祈りを続けて──
くしゅんっ!
ずず……
ま、ともかく全て明らかになるのは
とうとう明日であろう。
みんなでそろってから楽しい雛祭りがはじまる。
つかまえられた氷柱姉じゃを助けたら
ぎゅーと腕を離さないまま
大急ぎで帰ってくるからな!
兄じゃはなにも……はっくしょん!
……心配は要らぬぞ。