春風

『私のすべて』
三月になってのんびりやってきた厳寒の毎日を乗り切ったら
汗ばむような陽射しがついにこの街にも降り注いで
これでやっと、春風が胸をときめかせるときめきの季節まで一直線。
やり残したことがあっても、後から思い出しても
もう引き返すことはできないあの冬の日々。
ちゃんとたくさん思い残すことなく
春風とぎゅうっと寄り添って暖をとりましたか?
これからは寒さを言い訳にするのではなくて
好きだから!
というたった一つの理由で春風のことを抱きしめてくださいね。
なーんて思っていたのに
どうやら朝晩の寒さはまだぜんぜん本格的なままなのです。
あーあ。
もう少し、お互いを思う二人は
わかっていますと近づく目と目で伝え合うだけにとどめて
触れ合うときに、勇気を出して言葉にする何の必要もないんだわ。
お昼のかんかん陽気とまだ油断しているところに氷の領域が這い進むような寒さ。
まるで一年の移り変わりがほんの短い24時間でくるくるゆかいに踊っているのも
季節の変わり目のこの時期ならでは。
こういうときにどうしても影響を受けやすい体調にはしっかり気をつけて
仕方がないからこんな日もあるんだと全身で受け止めてみっちり詰まった一日を楽しむのが
一人の立派な大人のお仕事。
あるいは趣味人のこだわり。
せっかくだからこんな大変な日の思い出も
好きな人と静かに触れ合い語ることができたらという願望を今もなお。
それに、一日の気温の変動が激しいといったって
いきなり遊んでほしがって真正面からはいはいして飛び掛ってきては
気が済んだらたちまち胸の中で眠ってしまいどうしようかと強烈なあーちゃんと
比べたらまだ大人しいほうで
実は揺れ動く気持ちの波ではぜんぜん大きな体に似合わなくって
あなたといるだけでうれしいことも
ほんの少しの時間会えないだけで愛しくてぽろぽろ涙が出るのも
揺れ動く全部を行ったり来たりする私の軌道を
まるごとひっくるめて受け取ってもらえるようでなくては
このままぐるぐるしているだけでは
せいいっぱいに平気な顔をして固めた表面から剥がれ落ちるように壊れてしまいそうな
私のこと──
大きな腕の中でちゃんと正面から受け止めてほしいと願えば
とても一年の移り変わりなんて比べ物にならなくて
一生分の胸の高鳴りをほんのわずかな触れ合いで感じている
そんな体験ばかりだから
とっくに力尽きて倒れているはずなのに
人間ってあんがいなんとかなる生き物なんだなあ……
揺れる春風の激情がふくらみすぎて
愛しいたった一人のあなたを胸に抱いて包んでしまいたくなるときめきと
飛び込んだら抱きとめてくれるあなたの腕の中とどちらが大きいのか
比べたら春風がまだ少し
こんなに揺れる恋心でも及ばないのかな、
何も残さずに体一つのうちに全てを乗せて突き進むので
抱きしめてくださいと
恐れも知らず、世間の常識にとらわれない赤ちゃんと何も変わらず
春風がまっすぐに駆けていく
春が来る。
知っていましたか?
まもなく乙女たちが凍える薄氷と鉛色の薄曇りの檻から解き放たれ
ためらう理由なんて何もなくなる
そんな春がすぐ近くまでうきうき陽気な足取りで近づいているので
春風も育ちつつある体の全部で影響を受けずにはいられないというわけなんです!