綿雪

『とことこ』
小さなユキの
頼りない足音。
耳を澄ましてみても
誰だって、はっきりとは聞きとれない。
今にも消えそうな
ゆっくり
怖がりで
少しの好奇心を混ぜた
たいしたことのない一歩一歩です。
それだけの歩みで
疲れてしまったとき
ベッドに体を預けながら
明日はこんな道を辿りたいと夢に見る。
あんまり叶わなくて
ときどきうまくいく
願いどおりの道のり。
だけど追いつきたいのに
大きな歩幅でぐんぐん前に進んでいく背中に
引き離されていく。
お兄ちゃんの足取りは
ぐんぐん、ですね。
もう大人の人なので
大きな歩幅で進んでいくの。
まっすぐと
しっかり前を見つめながら
やっぱり好奇心いっぱいのように聞こえる
楽しい足音です。
廊下を歩いていったら
戻ってきた、と思うと
何かを見つけて走っていくみたい。
ユキもみんなに
すぐに追いつけるように
足を止めないでいられると思っていた日が
ありました。
今も少しは
あきらめなくてもいい夢だと
そんな気がする日もある。
もう少しだけ成長するまで待っていてくださいとおねだりしたくなる時だって。
当てにならないお願いなんて、誰にも聞いてもらえるはずはないのにね。
今日は三月三日の雛祭りです。
女の子の成長を祈るお祭り。
怖いことがなく、健康でいられますように。
気立てのいいお姉さんになれますように。
将来はすてきな人とめぐり合えますように。
たくさんの願いを込めて
きれいなお雛様に見守られて。
わがやの女の子はみんな、また新しい雛祭りを迎えることができました。
少し背伸びで華やかに着飾って
おいしいちらしずしをいただきました。
みんなで今年も祈ります。
これからもどうか
みんなが元気で
明るく過ごせますように、と。
だからユキは笑顔で今日を迎えます。
明日からもなるべく泣かないでいようと思います。
お歌とあそびと
よかったね、楽しいね、の言葉がもらえた
お祝いごと。
そんな日に祈ったのだから
ユキはちょっとくらい他の同じ年の子よりも背が小さくて
あんまりお外に遊びに出ないで体をきたえるのが遅かったり
思ったことがなかなかうまくいかない不器用な
ゆっくりとしたペースで
ふだん、何事もそんなふうにしかできないのかもしれなくても
いちいち気にしていたら
きれいなお雛様が涙をこらえた震える景色の向こうになってしまったらいけないので
もう細かいことは
いいのです。
だって追いつけなくても
ユキは自分だけの足取りで進んでいくのだから。
無理だとわかってしまうことなんて、何も止まってしまう理由にならないということ、
お兄ちゃんも、みんなだって同じなんだろうって
ふだんベッドにいても聞こえるいろんな声で
ユキにはすぐにわかってしまうの。
もう、あっというまに伝わってしまうんだから。
こらえきれなくて泣いたりころんだり
とびはねたりしているの。
だって今日はお祭りの日。
誰もがいつもより少しわくわくしてはしゃいでしまうのを
ずーっと一緒になって
さわいでいたから、もちろん知っていて当たり前なんです。
一休みしたら
また、とことこと
小さな音がどこかから聞こえるよ。
誰の耳にも届かないかもしれない
女の子の楽しそうなくつおとが
今日のお祝いのちからで
これからもまた、ゆっくりと続いていくんです。