春風

『冬本番!』
陽射しがあっても、お外は風が吹くとどうしても冷たい。
コートの襟を立ててみたり
合わせた両手に息を吐きかけて
なんとか抵抗してみる
本格的な冬の寒さと
やる気の出ない困りものの気分と
冷たい帰り道に吹き抜ける寂しさ──
いつでも隙を見ておうちのみんなと遊んであげるのが好きで
おいしいものを用意した言って考えたらなぜか自分のほうが幸せになる
優しい家族に囲まれていつもうれしい
そんな春風がこたつにもぐって
おのどがかわいたわ
みかんだわ
と、山になるまで指の色が黄色になるまで橙色の皮を積み上げていく
ぼんやりしたそんな一人きりの景色は
果たして本当にあるのでしょうか?
秘めた瞬間を
油断したら見られてしまうかもしれない冬。
そんな!
信じてくださいね。
春風はいつでもみんなのことを思っているの。
王子様がいつもいてくれたらと願っているの。
いなかったら
こちらから気持ちと視線をさらいに行くくらいはしてみたいの!
というのは、その
ご用はないかしらってあなたのお役に立ちたい時間のことです。
だけどほんのわずかな時間
もうすぐ学校から帰ってくる時間です
みたいなのと
おなべの火を止めて次の用意まで一段落です
などが重なり
周りに誰もいないまま一瞬だけ手が空いたら
いつもならおでこに手のひらでひさしを作って眺め回して
どれどれ?
愛するみんなの様子はどうなのかしら?
軽快な足取りで
もみじの色が揺れる
暖かい春のような美しい景色。
ほんの数日前までは、ひといき休憩ってバラ色だった気がするの。
うきうき弾んだ気分が
あっちの廊下とそっちの部屋と
いきおいで物置のほうにまで弾んで庭を目指してお外に飛び出し
誰かにぶつかるまで自分にだって止められない
そんな時間が確かにあったのに。
今はもう
飾りの少ない半纏を羽織って
クッキーを積み上げた皿のまわりに細かい食べかすが空しく散るようです。
あまあい、とろけるって
ぱくぱく
せっかく毎日を気使ってお手入れする女の子らしい長い髪も前かがみに広がって
春風が背中を丸めてもそもそしていたら
王子様は幻滅なんて……
しないかしら?
ふだん張り切ってる春風でもたまにはそういうときもあると受け入れてくれる?
そうよね
春風はまめで働き者であなたしか愛することができない
お嫁さんにもらえるまず一番に思い浮かべてもらえるお姫様で
きっとときどきウェディングドレスを着た姿を想像してもらったり
なんかをしていても
いいんですよ?
大歓迎するくらいなの!
でもそんな
愛のためにはくるくる止まらない春風がある日突然
つまらなそうにみかんを抱きかかえてむにゃむにゃしていたら
王子様はきっと心配してしまう。
心配のあまり
この寒さもあって、お体を壊してしまったらどうしよう!
すれ違い隙間が生じた二人の心に吹き込む冷たい風。
冬の寒さがこんなところにまで忍び込んでしまうなんて!
でもその……
こういう時もたまにあるもので
ぼーっとしているときでも
おこたから手が届く範囲のおかしだけが興味の全てで
めんどくさそうに、のそーっとだらしなく腕を伸ばして取り寄せるのも
のんびりできてるなーとか
ふうーとか
ふへえーとか
なんと言葉にしていいのかよくわからないふわっとした表現を思い浮かべつつ
現状を把握して
ものすごい
リラックスしすぎているのね、
みたいなことなので
何も心配はいらないし
春風に変わったことが合ったというわけでも全然なくて
寒くなると生き物はエネルギーを温存する傾向にあるって吹雪ちゃんも言うし
でも、元気な妹たちはそんな傾向に全然当てはまらないし
王子様もそんなみんなといつも元気でいてくれたらうれしいので
そのために春風ができることがあったらなって……
王子様もたまにはものすごくだらーんってのんびりしたいのかもしれないのに
春風は勝手ですよね。
いつもあなたが幸せであるようにと願い、
それがだんだん、あなたがとても幸せであるときを
私はいつも見ていたいという形に変わって
あなたの喜びのためなら何でもすると……
この情熱も魂も燃える命も恋のためにすべて捧げるのにと。
別に春風とは関係なくあなたを幸せにしてくれるものがあるのかもしれないですものね……
こたつとか。
みかんとか。
くすん。
いいんです。
いいものだって知っていますから。
だけど、もしちょっと寒い日にも
勇気を出して思いきって!
春風と二人で春の楽園に出かけるような時間も過ごしたいな、
という気持ちがふくらみはじめたら
思いつきでも気まぐれでもその場限りでも
いつでも呼んでほしいの。
春風だって本当は
あなたといられるのが一番うれしいんだから。
暖かな部屋で一人とろけていても
それが真実、私の中にあるたった一つの理想なんです!
今日はちょっと説得力のない春風だったとしても
あなたにだけは信じてもらえると願っても──かまわないのでしょうか?