夕凪

『こびとたち』
あっ!
お口を閉じて、目を閉じて
そっと耳に手を当ててみて。
ほらほら、すぐに
働き者の歌が聞こえるよ。
むかしどこかで聞いたことのある歌。
なんだか懐かしいメロディー。
あれはいつだったか見つけた
靴を直しているこびとたちの合唱だよ。
針を両手で支えて、慎重に糸を通したら
太い腕でかなづちを振り下ろすの。
火花が飛んで形を整えた金具へ
器用な動きをして紐が潜り抜けていく。
しゅるしゅる。
気がつくとそれはいっしゅんの出来事。
おじいさんが、そのまたおじいさんから受け継いだ重たいブーツは
こうして今日も使い続けられていく。
じっさい見てはいないけれど
話には聞いたことがあるから
たぶんそれは本当のこと。
いかにもありそうな
陽気で歌が好きなドワーフたちの記憶は
今の子供たちにも伝わる。
裏がべろーんとなった古い靴は
ゴムだから、小人が直しに来ないけれど。
昔ながらの妖精は接着剤の匂いが苦手。
残念だね?
夕凪の靴も直ったらいいのに。
そうしたら氷柱お姉ちゃんに怒られないし。
感謝するのに!
すぐ靴をずるずるべろべろにする不注意な現代っ子
うれしい歌が聞こえてきたらいいのに。
でもまあ靴がいつかだめになるのは元気な証拠。
前みたいにすぐなくしてはだしで帰ってきた頃よりは成長したはず。
あのときの小さい靴はどこへ行った……
まだはけたはずなのに。
公園に戻っても見つからなかったのは
やっぱりプチサイズの妖精が持って行って
まだ使えるぞって住処にしたのだろうか。
夕凪いいことしてる!
無駄にしないで生き物のサイクルに貢献してる!
だからそのうち感謝に戻ってきて
晦日には、おうちの前に米俵が積まれている……
これは別のおはなし!
ところが、風が冷たくなった昨日より涼しいこんな午後に聞こえてくるのは
やっぱり陽気な
でも違うお仕事の掛け声。
お庭のもみじの葉っぱを染める芸術家たちの歌?
こがらしに乗ってやってきたら、たちまち嵐を呼んで去っていく転校生の気配?
きっと聞き耳をぴんと立てれば全部聞こえる。
慌しくなってきた季節の吐息が
ふーふー風に乗って届いてきてる。
それなのに今日はにぎやかな声で消されちゃう。
さむーい時期が駆け足で近づいてきているのを喜んでいるのは
押入れにある
色とりどりの模様を楽しく選んで、使ってほしがっているおしゃれできれいなおふとんたちと
力いっぱいに引きずり出す大変なお仕事のおかげで
なんだか息を乱して夢中になってしまっているこどもたちが
お互いに掛け合う声援。
がんばれー!
って、聞こえてこない?
夕凪にはわかる。
だっていつでも、そんな楽しそうな予感がしたら飛んで行って
次の瞬間には仲間に入れてもらっている
そんな出来事を発見する高性能のアンテナがついている。
いくら遠くでも逃さないで
受信中なのだから。
今まさにビンビン届いてる。
絶対楽しい大騒動の気配。
お兄ちゃん、急いで!
このタイミングならお姉ちゃんたちの目を盗んでおふとんの山にダイブするチャンスが
まだ残っているかもしれないよ!
うひゃー、えらいことだ。
だってこの瞬間を逃したら大変なことになるかもしれないもの。
遅れて行って、お気に入りのお布団の予約が奪われて
積んだ山の下のほうでぺちゃんてなってるせんべい布団をかぶって
わびしい秋の夜長を過ごすことになるのかもしれないもの!
そんなことになったら夕凪は耐えられないから
はっぴーらっきーはねむーんの呪文で奇跡を起こして
お兄ちゃんのお布団に飛び込んでしまおう。
やったね!
秋はいいことがいっぱいだ。
だんだん風が冷たくなったら思い出すといいよ。
夕凪はいつでもあったかい場所をきょろきょろ探して
お兄ちゃんに今にも夕凪という瞬間ほっかほかカイロが襲い掛かるのを待っているってこと。
秋から冬にかけての
毎年いつも変わらないお仕事。
離れずくっついてお互い暖を取るために全力!
だからいつでもすぐそばで一緒に過ごす家族だよ。