『堕落の夜』
休日は儚く終わるもの。
膨らみ、浮かび上がる泡にも、わずかな寿命しかない道理。
形あるものは無常の定めを背負い
岩塊も雨だれに穿たれて形を変える。
揺るぎなく強固に見えても、永遠ではないと知るのが
すべて私たちの命が歩む道なのだから
何物も受け止める盾や、貫き通す槍の伝説に習うより
終わりなき激動に揺れて形を合わせる柔軟な姿が
なにかと受け入れやすくていいのではないか。
家族が一人や二人増えようが
さらに十人や二十人増えようが、まるっきり動じない姿勢。
やはり理想はそれくらいの領域だろう。
いずれ長い時に形を残さず消え去るものなら
震えて抵抗を続け、信念に殉ずるよりは
まあそれなりになあなあで合わせるほうが楽な場合もたまにはあるだろう。
だから、私は変わらずいつまでも続く休日を望まない。
例え一瞬に夢想することがありえるとしても
まあそんなのはないし
別にいいか、
で幕を引くばかりが
この私でも通りすがりに指先で触れて過ぎる、幼く美しい夢の形。
日曜日の夜に
少し昼近くまで寝過ごしてしまったために、有効に使える時間を失ったかな?
たまに迷う心のうちも
それでも私は思うままに時を送った、
自分を信じて生き抜いたのだと、
誇りにこそするもので、誰に対しても引け目を感じることなどない。
ないと言いたいが
鏡に向かって寝癖が跳ねて
この状態で夜まで通し抜いたのか、
果たしてこのような有様で人間は何も後悔しないと言えるのか?
ずっと家族と同じ時間を過ごしながら
一度も指摘されなかったというのは
どうもこの状態が特に不都合のない日常の事態だと思われているのではないか?
かなりルール無用に爆発しているように見えるのだが……
一日中顔を合わせていながら、誰もこれを疑問に思わなかったのか?
うちの20人きょうだいは薄情なのでは、
いや、それはなさそうだと私は知っているのだから
これは逆に私がリラックスして少々見た目が常識から逸脱していても
日曜ばかりは体を休めてもらいたいから気にしていないふりをした、
あるいは本当に私は休日のたびにこんな頭で平気な顔をするのもだと思われているのか
はたしていずれが理由なのか……
私にしてはここ数日になかったほど長く
真剣に考えたのだが
まあ理由がどうであれ、たまには身だしなみも気をつけようということでいいか、
そんな結論くらいしか出ないことに気がついたから終わり。
建設的とは言えない悩みには、このくらいの対応しかできないものだ。
それよりも優先する問題が私には多くて
そして今、胸のうちに一番に抱える悩みは
おそらく多くがこれからの時間を豊かにするものであるはずだから
いや別に……
来週は連休があるからいいか!
と考えることで慰められていると主張するつもりではないし
むしろこれから、長い時間をどのように納得できる形で迎えるか。
やはり考えている途中で
結局、なるようにしかならないとわかって
ただ力を抜いて身を任せるのが私のできる唯一のことだと
そう答えを出すときが、やがて来るのかもしれないが。
今は他に比べて重要性が高い難題。
たまに思いのまま、好きな話だけに頭を悩ませるのも豊かな時間の過ごし方になるはずだから。
楽しみだとか、悩ましいとか言わず
やがて訪れる長い連休を、自分なりに待っていればそれでいい。
何か複雑なことがあるとしても
決して重要ではない。
私の心を奪うものは、世の中にそう多くはないのだ、と
そういうことにしておこう。