花丸SS

『エピソードゼロ』
散り始めた桜の花びらがしっとり通学路に敷き詰められ、見上げると枝には青々とした葉が茂り始めて。
あの葉がもうすぐ実を育てる力を伝えて、来年には新しい後輩の一年生たちを一面の薄桃色で迎える景色が広がるはず。
ほんのひと月前まで最上級生と呼ばれていたのに、まもなく戻ってくる初心のように。
終わりのようで次の始まり。
輪廻のつながりを感じさせる円環。
今は、さんさんとまぶしい光を浴びる青葉の季節。
それにもまだ少し早い、青い葉の目覚め始める頃。
なにしろ、入学式からまだ数日。
まだ学校にも慣れない時期で。
新一年生になってすぐ──
来年の子の季節を思うのも、早すぎるな。
将来を薄暗いお寺にこもって、心静かに過ごす子にとっても。
この時期だけは新しい始まりを感じて、さわやかな深呼吸。
まぶしい青春の毎日。
穏やかなお寺だって、難しい教えだって。
肌に合ってるのか、嫌いじゃないものだし。
あえて言えば、だいぶ好きなほう。
将来に不安を感じることでもないけれど。
でもやっぱり、一生のこの時期だけはいいんじゃないかなって思う。
ちっとも柄じゃなくても。
だって今だけだもの。
期待に膨らみ始める胸を、受け止めてくれる場所があるのは。
新しい学校。
これからの毎日を送るところ。
部活だって力一杯にしてもいい。
勉強は……高校生になったら大変そうだけど、でもがんばらなきゃ。
おしゃべりができる、友達もいるよ。
いっぱい今だけのおしゃれもしなきゃ。
学生の時だけできることがいっぱい。
だから──
受け止めてもらわなきゃ。
新しく踏み出す場所に。
とてもそんなふうに見えない子だって。
こんなふうに少しは、わくわくしているものだし。
想像以上に変わり始めた、
「はなちゃん、おはようございます!」
親友が誘ってくれた人生は、想像していたのとはぜんぜん違う方向に転がりだしたけど。
まあ、それもいいか。
オラの学生生活は輝いているよ。
これからアイドル、がんばるずら!
思い出すのは、同じ景色を見つめて、目の前の道の先に何があるのかまだわからなかった、入学式の日のこと。
「はなちゃん!」
ああそういえば、と思い出した入部案内の掲示板にあった文字。
こっそりルビィちゃんが好きだった、あれは……
「はなちゃん、ららら、らららら」
ラブライブ
「そうラブライブ!
両手の指をカニのハサミにしてぱたぱたしてみせるから
「こう」
右と左にひとつずつ、Lの字。
「なんでわかったの!?」
それは、前に話してくれたから。
「ルビィちゃんのことはなんでもわかるよ」
「はなちゃん……」
「ルビィちゃんが今までどんな悪さをして、死んだ後にどんな地獄に落ちるかも」
「地獄になんて落ちません!」
「ベッドの下に隠している本の正体も」
「どうして!?」
冗談のつもりだったのに……
「だってあれは、お姉ちゃんに見られたらはれんちですって心配させてしまいます」
途中だけ声を変えたけど、ルビィちゃんはお姉ちゃんのものまねがあんまり上手じゃないんだね? はれんちな本?
「そうか、はなちゃん、あの本を見たからわかったんだね。ラブライブなんです!」
ああその話だったっけ。
「この学校にもラブライブを目指すアイドル活動があるなんて……」
「はじまったばかりでまだ人数が集まっていないって書いてあったような」
小さい学校も大変だなあ、と思ったばかりのところだったんだけど。
「はなちゃん、ルビィは……」
ちらっ。
「向いてないかもしれないけど……」
ちらちらそわそわ。
「でも、こんなことめったにないと思うの……」
もじもじ。
「ルビィのことを待ってくれていた機会じゃないかって気がするの」
めらめら。あれ、雰囲気が変わってきた?
「ちっとも考えていなかった場所で出会えるなんて奇跡みたいで。なんだかルビィの人生で初めて、夢への道がはじまりそうなんです。きっとはなちゃんにならわかってもらえると思うんだ。だって、はなちゃんはどう思っているかわからないけれど、ルビィにとってはなちゃんは」
「わかってる。親友だと思ってるよ」
「そうなんだ! うれしいよ!」
「オラは合唱部に入る予定だから、がんばって」
「ぎゃー!」
裾を引っ張ってくいくいしてくる。
「一人じゃ心細いよー!」
「しょうがないずら」
はじまりは。
友達のちょっとした勇気。
それだけで、世界がまぶしく変わってしまって戻らないなんてことがこの世界にもあるのか。
それはむずかしいところで。
一生の今の時期だけのこと、という理由なのかもしれないし。
女の子たちにとっても、一時だけの……
夢中で追いかける夢なのかもしれないし。
いつまで続くことなのかわからないけど。
もともとは「オラ、ふつうの楽しい学生生活を送るぞ!」と、はりきっていたのが、思いのほかに輝き始めたので。
アイドル活動なんて。
未来はわからないことばかりでできているんだなあ。
「はなちゃん」
希望に輝いている顔を近づけて
「今日の練習もがんばろうね!」
まだ一人で歩き出すのが心細い小さな手が揺れている。