真璃

『迷子の天使』
夏休みが終わってしばらく経って。
フェルゼンも毎日マリーといられる時間が少なくなって
ふるふる寂しく涙目になっているんじゃないかと思うこのごろ。
お日様が沈むのがだんだん早くなっていくみたいに
まぶしかった輝きが遠くに過ぎていく気配。
でも、夕方が来るのが早くなると、
みんながおうちに帰るのも早くなるの。
今度は帰ってきてからの時間を大切に
幼稚園でどんなお遊戯をしてきて
その最中、マリーがどれだけ女王として中心になっていたか
帰ってきて一番にフェルゼンに教えてあげるの。
一番は無理かなあ。
おうちでいい子にして待っているちっちゃい子たちや
帰りの時間が同じくらいになる小学生のお姉ちゃまたちが先ね。
フェルゼンも、学校が終わったらすぐ帰ってくればいいのに。
でもまあ、マリーのためのご用がいっぱいあるんだと思うから。
おつかいや、将来ふたりで暮らす時のためのお勉強だとか。
やっぱりマリーをすぐ隣で守るフェルゼンには仕事がいっぱいなのよね。
わがままを言わないで待っているからね。
帰ってきてくれたらマリーとロイヤルなことをいっぱいしましょ。
今日、学んできたことは
マリーと遊べる楽しいお歌じゃなくて
お歌の途中で知ったこと。
幼稚園で、さくらも大きな声で泣いてしまう日もあるということ。
やっぱりマリーちゃんはどんな遊びをしていてもかわいいね、の声に
当然よ、といい気になっていたら
廊下から聞こえてきたさくらの泣き声。
おにーちゃーん!
おねーちゃーん!
しかたないか!
マリーは幼稚園で何をしていたって舞踏会のようにきらきら輝いているけれど
一番得意なのは、かわいい妹の世話をしてあげるお姉ちゃん役なんじゃないかって
小さいこの元気が有り余っている夏休みの間、
我が家ではずいぶん評判だったのだし。
それで、さくらはおうちでも幼稚園でもかわいく甘えるのが得意なのだから
マリーも思わず駆けつけている。
何があったか聞いてみたら
お遊戯の最中に手をあげて、一人でトイレに行けるよって出て行ったら
クラスに帰る道の途中で、あっちからもこっちからも別のお歌が聞こえてきて
どこが自分のクラスだったか途中でわからなくなってしまったみたい。
夏休みの間は、おうちの中で楽しそうな声がするどこに行っても遊んでもらえて
お兄ちゃんの膝の上に乗ったり、お姉ちゃんたちと並んでだらーんって寝転んだりしても
どうしても、そういうわけにはいかないのが幼稚園。
早くクラスに帰りたいと思うほど焦って涙が出てしまう気持ち、わかるわ。
先生も、かわいいさくらちゃんに早く帰ってきてほしかったから
廊下で泣き声が聞こえたら、あわてて飛び出してきたけれど
マリーのほうがあっというまに駆けつけたの。
妹をすぐに助けてあげて、泣き顔のときでも解決してしまう才能は
フェルゼンゆずり。
それと、民衆の上に立つ女王になろうとしていた前世ゆずり。
年下のまだ弱い子のところにすぐに走っていって、言ってあげられるようになった言葉。
お兄ちゃんもお姉ちゃんもいないなら
みんなを呼べばいい!
困ったときはそうしていいの。
何もなくても、本当はいいんじゃないの?
怒られるときはちゃんとごめんなさいが言えれば。
たまにはフェルゼンも暇にしていて、一緒に遊べたらうれしい時だってあるはず。
本当は大きな声で呼んでみるよりも
声が聞こえたらこっちから探しに行くか、
家族のために駆けつけてくれるかするのがいいかもしれないけど
今日は、幼稚園だったものね。
助けを呼べただけでさくらなら充分よね。
小さな幼稚園だから、観月もやってきてくれたし。
たちまちマリーと観月がそろったものだから
さくらちゃんも安心したのよね。
こわかったー、
迷子になったら、誰も見つけてくれなくて幽霊になってしまうかもって
マリーに抱きついて、スモックにべっとりなすりつけた涙と鼻水もようやく止まり。
昨日、怖い話を聞いてしまったから?
おばけになったら、人間のお友達ができないかもしれない、
きっと友達ができてもおばけ!
って心配していたわ。
おばけに学校も試験もなくても
運動会は、おはか。
そんなに道が狭いところで運動会をするなんて
おはかにぶつかって困る!
って。
それは困るわよね。
やっぱり、運動会は明るくて広いところがいいものね。
先生と手をつないでクラスに戻るときは、もうすっかり元気になって
困ったらすぐ助けてくれて、ありがとう!
マリーおねえちゃん、すごい!
まあね、ちょっとした実力よね。
さくらのことも赤ちゃんのときから見てあげていたもの。
もうこんなに小さい子のお世話が得意なら
今すぐ赤ちゃんができたって、きっと大切にかわいがってあげられるわ。
いつでも、どこの王様にお嫁に行っても大丈夫。
だからフェルゼンがどこの王様になっても安心よ!
将来きっと結ばれる運命の相手がマリー。
フェルゼンはもう何も心配いらないわね。
でも、マリーに贈る指輪に悩んでしまうかな……
高価なものでなくてもいいから
マリーのことをいっぱい考えながら選んでね!
家に帰って、マリーと観月ががんばってさくらちゃんを助けた話をしたら
小さいのに、こんなに立派に妹を助けられる子はいなかったって褒めてもらった。
やっぱりそう?
マリーも思っていたけど、とっても自信を持っていいみたいね。
さくらちゃんくらいの年で、迷子になって泣いてしまったのは
小雨お姉ちゃまもそうだったみたい。
別の話だと、いないと思ってみんなであわてていた蛍お姉ちゃまと氷柱お姉ちゃまが
なにごともなかったような顔でひょっこり帰ってきたり。
つい気になったものを追いかけてしまう氷柱お姉ちゃまを、蛍お姉ちゃまが見ていたって。
今は大人になっても、冷静を装っても
興味があるものを目で追いかけているのがすぐわかる氷柱お姉ちゃま。
蛍お姉ちゃまには、今でもやっぱりそれが全部わかってしまうらしい。
それと、泣いてはいないしそれほど昔の話ではないけど、
霙お姉ちゃまも、たまにあるみたい?
あんまり考え事をしていると道を間違えてしまうそう。
吹雪も気をつけないとな、
あとはオマエも家族のことで頭がいっぱいだからな、
気をつけるように忠告していたけど
フェルゼンもうっかりして道に迷うことあるの?
そうしたら、どうしても助けを呼んでもらって
マリーがすぐに駆けつけないといけないわ。
助けてもらうのは恥ずかしいことじゃないもの。
こんなになんでもできそうなマリーだって
鼻水だらけのスモックに途方にくれることだってあるの。
春風お姉ちゃまがすぐきれいにしてくれてよかった!
マリーもできないことだらけ。
そんなときは、助けてもらいましょう。
一人じゃないんだもの。
さくらが迷子になったって、放っておかないからね。
かわいい大事なさくらちゃんや、大好きなフェルゼンが
どこで泣いていたって
マリーがすぐに見つけ出して、解決してしまうの。
きっとね。