星花

『夜のくるくる』
そういえば聞いた話では
むかし、星花たちの学校が木造の校舎だった頃、
夕方遅くまで居残りをしていた生徒が
もう暗いトイレの一番奥の個室に入ると
ぴちゃん、ぴちゃんという水の音がどこかから聞こえてきて
入り口のほうで滴っていたらしい音は
ひとつ奥の個室に落ち、
少しして急にしーんと静まった後、またひとつこちら側の個室に
近づいてきて。
水漏れにしてはおかしい、と思っていたら
直後、目の前に水音を立てて落ちてきたのは
べっとり粘った赤い液体。
ぽつ、ぽつ。
声を出すことも忘れて見つめていたら、滴り落ちる赤はいつのまにか
上を見ろ、と文字になってきているような……
思わず上を見てしまうと
そこにあったものは、
小さな子供の形をした赤いしみだったということです。
ぞーっ!
トイレを逃げ出した子供が、出て行った廊下でたまたま出会った先生にそれを話すと
教えてくれたのは
むかし、学校に遅くまで残って遊んでいた生徒がいて
かくれんぼをしていたら、見つからないまま友達が帰ってしまい
そのまま行方知れずになった子の話。
その子はトイレに隠れるのが好きだったので、後で先生たちが隅々まで探したけれど
結局、見つからなかったという。
先生が見てくるから先に帰りなさい、と言われて
背を向けて歩き出した瞬間、思い出したこと。
そういえば今の先生は
数年前、あのトイレで心臓麻痺で倒れて、そのまま亡くなっていたはずなのに。
振り返ったら、もう人影はなく
後で別の先生とトイレを見に行ったときには、血のあとも人のしみも
さっきの先生も、どこにも見つからなかったということです。
ぞーっ!
あれ、でも天井から血が落ちるのは
音楽室で、誰もいないのにピアノを奏でていたのが実は……じゃなかったっけ?
それで、同じ小学校を卒業したお姉ちゃんたちに聞いてみたら
その話は聞いたことないし
木造の時期はなかったと思うな、だって。
氷柱お姉ちゃんが、学校に兵隊さんの幽霊が現れるうわさとか
空襲に巻き込まれて、全身に火傷を負った子供がその時の姿で幽霊になっているとか聞いて
学校の歴史を調べてみたら、
戦後にできた学校なので、たぶん空襲は受けていないし兵隊さんも関係ないそうです。
別に木造の校舎じゃなかったんだあ……
念のため、他のうわさも調べてみたって。
学校を建てるときは、まとまった広さの土地が必要になるから
もともと墓地だったり、古戦場などいわくつきだったりする安くて広い土地を買うこともあるとか。
でも、うちの小学校は別に普通の土地に建てられているそう。
じゃあ、星花が聞いてきた別の話で登場する
戦国時代の武者の幽霊はいったい何者?
氷柱お姉ちゃんは、当時のうわさはだいたい根拠がないと解き明かしたらしくて
プールができて以来、おぼれて命を落とした生徒がいないこともわかったし
十三階段になりそうな段数の階段はなかったし
だいいち急に階段が増えたら建物の構造がどうなるのって話だそうだし
ワイヤーが切れて動物の体を切断するのはありえないって
アメリカのテレビ番組で実験したことがあるそうだし
この場合は衝撃で死んでしまうかもしれないけど、それだとおそろしい因縁話にはならないし
生徒が閉じ込められてしまうような空間は見つからないし
あやしい道具が放置されている部屋で見つかる薬品なんて言っても、
学期末の大掃除では生徒みんなで学校中の部屋をすみずみまできれいにするんだし、
合わせ鏡は光の反射だし
二宮金次郎像のまわりが雨でぬかるんだ日でも歩いた跡なんてないし
人体模型は固定してあるし
そもそも、学校創設以来、行方不明や変死の記録はないので。
だから安心して通っていいからね、と言ってもらえました。
そうなると、お兄ちゃんのクラス発表のおばけ屋敷に役に立つお話が何もなくて
せっかくうわさを仕入れてきても役に立たない星花です。
しゅーん。
ひとつくらいは本当にありそうな怪談も見つけたかったんだけど。
観月ちゃんも、小学生になったら立派におはらいしたいと最初は張り切っていたのに
そんなに疑い深い氷柱姉じゃなんて知らないのじゃ! だって。
ぷんぷんしていたよ。
でも、観月ちゃんの言うように
証明できなくてもひとつくらいあるかもしれないですよね?
あの関羽さまだって、知略において敗れた相手の将にとりつき、
雷のような声で呉の王に吠えたといいます。
命を失うとも、必ず我が霊は蜀軍にある!
いにしえから伝わる不思議な、少し悲しいお話。
世の中には怖い話や、ぶきみな話が
実際にあってもおかしくないのかな?
星花もこれからずっと、勇敢にお兄ちゃんに仕えたいのですけど
霊になっても守るというほど頼りになる星花という感じではないし
小学校で怖い話を聞いてびくびくしているようでは
将来、本当に立派な武将になれるのでしょうか?
お兄ちゃんとヒカルお姉ちゃんたちのおばけ屋敷に行って、鍛えなくっちゃ!
って、おばけ屋敷は別にそういう目的で行くところじゃないですね。
ちょっと背筋がひんやりする体験。
暗がりの中に、不思議なものを見つけて
大きな悲鳴をあげる楽しみ!
お兄ちゃんがいてくれたら心強いのですけど
お兄ちゃんたちの作るおばけ屋敷だもの、一緒に歩くのは無理ですよね。
いつも頼りにしているわけにはいかない!
お兄ちゃん、星花が勇敢に
お兄ちゃんについていてもらわなくてもおばけ屋敷を歩き通すことができたら
少しは見直してくれますか?
頼れる立派な星花に少しでも近づくために
おばけ屋敷なんて乗り越えるつもりなのです!