『雨の後』
じっとりと重い闇。
夏の夜、明かりを閉ざした部屋の中で毛布一枚きり。
暑くまぶしかったこれまでを思い出すと
気温も落ち着いた望み通りの時間にいるはずなのに。
どうしてもまだ快適に眠れるような気がしないのは
やはりまだ八月の夜。
寝苦しい夜はまだ終わりを見せる気配がない。
このまま起きることなく目を閉じていたら
重みを感じる夜の暗がりはいつまでもとどまり続け
私の指先に滑らかな手触りを残しながら
永遠に共にいられるのではないか。
そんな予感もする
真夏だけに許されるあまりにも黒い夜。
目を開いても、もう何も映らないのは
ただ光が足りないせいではなくて
すでにまわりの世界は消えて
まぶしい光の星も、照らされる小さな星も形を残すことなく溶けて消え去り
私は一人きりで
懐かしい日々を思って浮かんでいるだけなのではないか。
目が覚めたら訪れるはずの朝すらも
ただ私の手のひらを零れ落ちる砂の未来。
もうどこにも踏み出す先はなく
星のかけらのような雑事を積み重ねる日常の全ては
肩越しに遠くに残して通り過ぎた。
目を覚ます必要もなく
ラジオ体操に起き出す意味は消え
朝食の準備を手伝うことも忘れられた世界。
重力から解き放たれ、締め付けるような夜の圧力にたゆたい
いつか塵に変える命たちの運命もすでに意味を成さない世界で
いつまでも、途切れることのない夢。
目覚めることができない夢が続く最後の楽園。
部屋の中、まぶたを伏せるだけで落ち込んでいける場所があると
小さな子供の頃は疑いもなく信じていたはずなのに。
空腹を奏でる音が胃の辺りからとどろくと
もう私は戻ってきてしまう。
今では愛する17人の妹と1人の弟がいるこの世界。
まったく、おそうめんは消化がいいものだ。
何かもう少し付けあわせが多くても許されるのではないかな。
栄養が偏る心配、カロリーが行き過ぎる体調管理の面は
もちろん春風や蛍の意見はとても参考になるものだけど。
計算が得意な氷柱や吹雪も助けになっているようだし。
私が口を出す必要など、どこにもないことは理解している。
しかし目が覚めてこうして鈴虫の声に耳を傾け
窓の向こうから煌々と輝く月明かりを浴びて
蒸し暑い夜を実感していると
目を閉じたあとの夜くらいはもう少し
現実的な室内温度を忘れられる程度の幻想に浸っている時間があっても
この大きな宇宙はそれも許容してくれるのではないか、
と期待してしまうのだ。
こんなに美しい星空に囲まれて
私は無限のような時間を、とろけるような夜食の算段をしながら
通り過ぎていく時計の背後へ送り続けている。
昨日あたりまでは、雨が降った日にはもっと早く夢に落ちていけそうだと考えていた。
ベッドの中で思うことも少しは高尚になるだろうと想像していたのに。
なんとなく眠れないまま、あまり変わらないな。
やはり雨が一息に吹き飛ばすには、まだまだ八月は本格的な夏だということかな。
もしも今日の昼がもっと耐え切れないほどぎらぎらした夏の陽気だったならば
裏返したこの夜の闇は、いつもよりも甘い幻を運んできたのか。
それともこれまでと変わることなく
求め続ける一人の夜。
まあいいか。
深夜のベッドの中、冷蔵庫へと思いを募らせ続けた真夏の日々から
たまの雨がもたらした変化は
今日はどちらかと言うと
何かがっつりしたものを求める揺れる心。
あるいは私も自分で気がつかないうちに
夏バテで食欲が落ちていた可能性もある。
初秋の訪れを待ちわびる虫の音色を追いかけて
今も歌い続けるおしゃべりな胃袋が伝えている。
もうそろそろ夏の暑さも落ち着きを見せる頃。
冷たいものや夏野菜のすぐれた栄養を求める日もまもなく彼方へ
儚い流星めいた刹那のきらめきに乗り、もう手が届かない場所にのみ踊る。
その時が来れば私は、何を歓迎し
何を今のように迷いながら受け入れることになるのか。
きっと訪れなければわからない、その日の私の変化。
変わる世界に、私はまた家族と共に歩みを進めていくのだから
たまには、夢を見るにも暑すぎる日に
わずかの時間、こっそりキッチンに忍び込むのも一つの選択だろう。
理解のある弟にでも声をかけて。