綿雪

『予感』
たまたま
たまごしかない──
っていう日が
ユキたちのおうちにあるの。
冷蔵庫の中身はほとんど空っぽ。
からすの子みたいに、小さい子たちはぴーぴー泣いているよ。
24時間のコンビニエンスストア
女の子が多いこの家では、ちょっと遠い。
みんなの分をまとめて買ってくると量も多いし
お値段もちょっとするよ。
ホタお姉ちゃんがゆっくりじっくり
みんなの笑顔を思い浮かべながら貯めた一円玉のビンだって
白い羽が生えたように飛んでいく。
それでも、ホタお姉ちゃんはつよい。
この時のためにあったのだもの。
さよなら!
ありがとう!
昭和の一円玉も
平成の一円玉も
これっきりでお別れ。
いつかまた会えるかな?
ときどき家族みんなのお誕生日を見つけては、喜んだりして集めました。
また戻ってきたときには
今までの同じように
みんなのことを思い浮かべながら、ビンで跳ねる音を聞くよ。
あのときより少し大きくなった家族たちのこと。
身長が伸びて体重が増えたら
蛍お姉ちゃんの誇りだよ!
だから一円玉は、必要な時が来たら使うよ。
でもたぶん
コンビニで使うにはちょっとつらいよ……
両替しておくんだった……
重くみっしり詰まったビン。
たぶん予算的には足りるけど
一度銀行に持って行ってからにしようかー。
朝早くからテーブルの周りは真剣。
お姉ちゃんたちとお兄ちゃんが話し合い。
今朝はたまごかけごはん。
スクランブルエッグ、目玉焼きもどんどん生み出されていく。
これならいけそう?
苦手な人には、具なしチャーハンが用意できます。
きゅうりならなんとか
用意できた!
味付けは
みそづけにする?
ごまドレッシング?
変化をつけてめんつゆもあります。
生野菜に焼肉のたれは冒険しすぎだな。
きゅうりに焼肉のたれ……
ユキ、ドキドキしちゃう。
なんだかいけない気がするよ!
でも、おかげでだいぶ助かったキュウリの活躍。
りっぱなおやさいです。
ああ、かつおぶしがあればなあ。
きゅうりもたまごかけごはんも、わりと豪華になったのに。
かつおぶしがあれば……
かつおぶし……
ヒカルお姉ちゃんが繰り返すものだから
ねこじゃないんだから!
もおー。
がまんしなさいね、
たまごだけではお茶漬けにできないね。
今日の朝ごはんの時間は
いつもよりも少し長くて
あんなににぎやかな毎日の食卓と比べたって
ほんの少しだけ、お話が弾んでいるよう。
知恵と工夫次第。
あとはみんなの協力次第で!
どうにか乗り切れるかもしれない
夏休みの最大のピンチを迎えた朝。
ふと、霙お姉ちゃんが立ち上がる。
聞いてくれ──
みんなに言うべきことがある。
なんだなんだ。
ささやきが広がると、かえって静けさが増していくよう。
霙お姉ちゃんはまじめなお姉ちゃん。
みんながちゃんと食べないままで夏に飛び出していくなんてきっと許さない。
だから話してくれたの。
私は見た。
キッチンに眠るかつおぶしを。
ゆうべ、こっそり置きだした後の何もない冷蔵庫を前に
仕方なくきゅうりだけをかじりながら
だんだん眠くなってぼんやりしつつも
止めることのなかった探求のどこかで
確かに見つけた。
試しに軽くかじってみたあの時の硬さは
確かな現実。
いくら寝ぼけていたとはいえ、夢であるはずはない。
忘れることのできない強烈な記憶。
かけらさえも剥がれないまま
悔し涙だけを味付けにした夜──
もお!
ねずみじゃないんだから!
ホタお姉ちゃんも、起こしてくれたら塩おむすびくらい作ったのにって。
さっとみそ味をつけて焼いてもいいんですって。
みんなの買い出しの間、
おとなしくお留守番していたユキは
お昼ご飯は蛍お姉ちゃんの焼きおむすびになりそうな気がしていたよ。
当たったら少しうれしいのが
おいしい予想なの。
そよ風もほんのり冷たい気がしたこんな日は、
もうすぐ落ち葉も染まる秋が近づいているよう。
ユキの予想では、旬の食材が揃う商店街で
きっとお兄ちゃんたちは小さい秋を見つけて帰って来そう。
もうすぐ穏やかな季節をみんなで過ごせるようになるって
昨日よりも優しい日差しのお庭を見つめながら考えていたんだけど。
おもーい一円玉のビンと
大量の買い出しの荷物で
汗びっしょりになって帰ってきたみんなが広げたアイスの箱。
やっぱりまだユキはお天気の予想があんまり上手じゃないから
食べ過ぎないようにねって言ってくれた氷柱お姉ちゃんのいうことをよく聞いて
アイスはひとつでがまんする良い子になります。
まだ暑さはしばらく続きそう。
海晴お姉ちゃんのお天気予報をしっかりチェックして
ユキも元気に夏の毎日を過ごします。