星花

『虫の王国』
青空ちゃんが今日、庭の木の下で見つけたかぶとむしは
裏山に飛んで逃げてしまったけれど
それはそれは大きかったそうで、
大きさを示すその幼い指先によると、十センチは確かにあったらしく
すさまじい声を上げて鳴きはじめたと思うと
その体は黄金のように輝き、
目は真っ赤にぎらぎらと大きく開いて
うなりをあげてとんでいったといいます。
季節は夏。まさに今は虫の季節。
まだ小学生組は誰もテーマが決まっていない自由研究の観察や、採集に向いている
カブトムシやクワガタといった虫界のヒーローたちから
台所に現れたらちょっと困ってしまうギトギトした困ったやつやら、
お庭にいる分にはかわいいけれど
部屋で甘いものを落としたらぞろぞろよってきて驚かせる敏感なアリたち、
それに網戸の周りには光を探す蛾がいたらちょっと気持ち悪いし
何より、独特の強烈な音を出して耳元に近づいてきては
かゆみを残して去っていく蚊が増えるのもこの時期。
星花では歯が立たないおそろしい相手です!
落ち着きがないからすぐ逃げられるし……
カンフーで鍛えているからつよいお姉ちゃん!
みたいなイメージで行きたかったところを
逃げられ
どこかの隅に隠れられ
あざけるように通り過ぎる
もーっ!
くやしい!
星花、朝も昼も小さい子を守れぬ弱い格闘家だったんです!
夕凪ちゃんのほうが敏捷なの。
蚊が相手では
勝率は、全然かなわない。
星花が十匹に一匹くらいとれたらいいほうで
夕凪ちゃんは五匹に一匹はとらえるよ。
そんな私たちの部屋だから
うっかり窓の網戸を開けたりしたら
穏やかだった時間は急展開。
吹雪ちゃんも落ち着いていられないから、蚊に効くスプレーをお姉ちゃんから借りてきて
しゅーって。
これを部屋の中で使えば
一回のスプレーで、蚊を追い払う効果は24時間。
説明書によるとそうらしいけど
なにしろ夕凪ちゃんはよく意味もなく網戸を開けたり閉めたりしているから
そのうち蚊は入ってくるわけで
星花たちも、スプレーするのをうっかり忘れて
また蚊の音がブーンって聞こえたら
きゃー!
部屋中、大騒ぎで
ベッドの上で飛び跳ねるマンガや教科書、
足音にあわせてとびかう三国志の単行本と夏休みの友
夏はこういうところも困った季節ですね!
大切な三国志
一冊、どっか行っちゃったよー!
半分あけておいたタンスの奥?
タオルケットの間かなあ?
ベッドの下?
毎日騒がしいものだから
吹雪ちゃんは考えた。
目に見えない虫除けスプレーに頼るより
残量が一目でわかる蚊取り線香なら切らさない。
ちょっとにおいがして集中できないけど
ぐるぐる回っている形状を夕凪ちゃんがじっと見て少し大人しくなるという効果もある。
なんと星花も大人しくなる。
近づきすぎたらくさいけど……
レトロな蚊取り線香は、吹雪ちゃんのひらめきのかたち。
残りが少ないことに気がついたら、こまめに取り替えられるもの!
これで部屋に怖い蚊が寄り付くこともなくなって
星花たちが安心して過ごせるようになったかと思いきや、
吹雪ちゃんはそこでふと気がついた。
そういえばみんなで過ごすことが多いのって
小さな吹雪ちゃんよりもまだちびっこたちがいっぱいいるリビングや
涼しそうな日陰。
あんまりちびっこだと薬を使うより
汗をこまめに拭いてあげて、必要だったら赤ちゃん用の虫除けを塗ってあげて
近づいてきた蚊がいたらちゃんと見ていて追い払いたい
お姉ちゃんたちの方針。
一緒に遊んであげるのは大事!
楽しいし!
それは確かにそう。
そんな中、ただ一人だけ霙お姉ちゃんは
くわしく赤ちゃん用の虫除けを調べてみて
子供たちを自由にのびのびとさせてあげてもいいのではないか、
と話し合っているみたい。
そうしたら、金色のカブトムシも捕まえてきて見せてくれるかもしれない、って。
それはないと思うけど……
夏に負けない暑い話し合いが今日も繰り広げられる、家族で挑む虫対策。
星花もその戦場のはしっこで
だいじなことだ! って
自分のことのように興奮している一人なのです。