『ハイランダー』
何かとバタバタした日が続いていたようで
季節も穏やかになって来ると
そろそろ──ようやく落ち着いてきたかと
少し思っていたのだ。
大掃除が終わらずに散らかした分を
もう見慣れた日常の景色だと
みんなが受け入れた感じが出てきた頃に、
ついに季節が変わって
タンスの中も入れ替える必要が出てきた。
お気に入りの黒に包まれる
落ち着いた防寒着も、
いよいよ押し入れの奥にしまう時期だ。
さみしいものだ──
と、ばかりも言っていられない。
何しろかさばる冬物と格闘することになるだろう。
時間がかかる仕事が多くて
移りゆく季節に感傷を持ってばかりでは
今までにも増して片付けは進まない。
さすがに私も──
散らかっている部屋を何とかしたいと
季節の変わり目の、この時ばかりは思うのだ。
そこで、今日の話題だ。
猫の日というらしい──
にゃあにゃあにゃあだからだそうだ。ちょっとしゃれているな。
しかし、猫の日ケーキはいいけれど
私たちみんながこうしてかわいらしい耳を付ける必要はあるだろうか?
だいぶ散らかして、片付けにまた手間がかかってしまうのではないか?
そんなことを聞いてみたら
どうも、人間の繰り返す日々の営みにおいて
必要な楽しみの一つだというのだ。
そうなのか──?
私は趣味の本ばかりに耽溺したまま
ついに世間のことをあまりにも知らなかったというのか──
確かに、考えてみるならば
宇宙を満たし支配する四つの相互作用ほどには
重要かつ普遍的とは言えなくても──
小さな星でエネルギーの動きの平均値に逆らうように突然変異的に生まれ
いずれ滅びていく定めを持った
とある生き物たちの存在程度には──
世の中で大事なものと感じるものはある。
私たちの家族にとってはそういうものなのだろう──
楽しかった時間のあとの大掃除と一緒に
私たちはいつも、かけがえのない思い出を重ねていく。
いずれ、この時間が特別になるという予感を信じて
毎日を生きていく──
それら全ての予感が常に正しいとは限らなくても、
また、いずれ何もかもが滅びるとしても
たゆまず、あきらめずにだ。
私たちが、よくわからないがなんだかにぎやかな猫の日を
愛しい家族と迎えられたことに
何かしらの運命の導きがあると考えるのは
宇宙の法則がどうであろうと、私たちに許された自由だ。
ふふ──片付いた部屋を迎える日がまた少し遠のいてしまった。
まあ、いつもの通りだ。