ヒカル

『扇風機』
ゆっくり風を送る首の動き。
それを追いかけて、視線と一緒に自分の首まで左右に振るのは
扇風機の前に陣取る妹たち。
離れて後ろで見ている私たちまで
首が動いているみたい。
横で見ていた霙姉がそう言ってた。
私とオマエまで、油断したら視線を左右に動かしている
扇風機のふしぎな力。
あらかじめ、使う前に決めた約束。
冷えすぎるから、おなかを出して当たらない。
それと、危ないので近づきすぎない。
守れているか、まあ今のところはこんなものか、という距離。
危なくないように最初は見ていないと。
ママが用意したのは、新品ではなくて
知っている人が処分しようと思っていたのを譲ってもらったもの。
古くて使えないというわけではないけれど、
電源を入れる前に、氷柱と吹雪が細かいところをチェックして
力が必要な取り外しの作業や、少し残っているほこりを拭くのは
私たち年長の仕事。
春風と蛍は機械に強くないから、近づくのが怖いみたいで
霙姉と私と、それからオマエとで最終調整の下働き。
最後にはちゃんと動いてよかった。
私も霙姉も、細かいのは苦手だから。
広がった足元には水色の輪を描く、全体的には白がいっぱいのさわやかな扇風機。
ボタンは電源・弱・中・強の四つだけ。
これなら私だって使えそう。
うん。
もうどっしり部屋の定位置に落ち着いて、慣れたようにして右側から左側へ。
今度は左側から
カーテンをそよがせて別の方向に。
見えない風が揺れている。
今日はいつもよりずいぶん涼しい風。
夏の暑さは変わらないままだけど、何もしていないときに流れるべたつく汗がひいていく。
控えめな作動音に耳を済ませたら、家族の声が普段より少しだけ騒がしい気がする。
少し過ごしやすくなって訪れた、にぎやかな日。
明日は曇りのち雨の予報でわずかに最高気温は下がるらしいけど
それでも夏の雲の下。
蒸し暑い風と大きく響く声をまたかきまぜて、涼しい風が運ばれていくんだろう。
それにしても、おねだりの翌日に届いた扇風機。
早かったよな!
最近の宅配便は電光石火なんだな。
ただ、家族の噂の一説によると
配達時間を考えると、その日に頼んでその日に届いたとは考えにくい。
みんなでおねだりした夜に、ママがこっそり抜け出して用意した説や──
荷造りと配達手続きの手間や、運送会社の営業時間を考えたら
もう少し早く準備しておいた可能性、
観月に伝わっているかもしれないママの不思議な力って
あるものなんだろうか?
なんて話もしていたみたいだよ。
だとしたら、私にもかすかに体の中に流れている能力があるのか。
明日何が起こるか。
今こうして話している相手と
どんな顔をして向き合って
今度は、別の表情を返してくれるのか
考えたらわかるようになるなんてことも、いつかは?
それにはやっぱり修行はしたほうがいいのかな。
修行の内容なんて全然知らないけれど
あったら少し楽しそうな力。
でも、私にはたぶんそんなに多くはもらえていない力なんだと思う。
なかったらなくても、まあ、今のところは特に不満も感じないか。
たまたま偶然、みんなのお願いとママのプレゼントが重なっただけなのかもしれないし。
でもそうなると、
事前に扇風機を用意していたのは秘密のまま
お手伝いの約束をさせて、いつもいい子でいるように言い聞かせて
みんなの注目を集めてから
結果は明日!
って、じらしたことになるわけで……
策士と言っていいのかな、これは……
まあ、そういう血筋は、たぶん私の中にはなさそうだし
もうちょっと大雑把な性格を受け継いでいる子がこの家には多い気もする。
きっと配達が早いときもあるんだろう。
うん、たぶんそう!
ママとした約束のひとつ。
草むしりは、暑い中の作業は避けること。
涼しい時でも、油断して長時間の仕事はしないように。
交替しながら。
子供たちみんなで夏を元気に過ごすための約束。
明日、もしも涼しくなったらちょうどいいタイミング。
本当に扇風機をおねだりする際に必要な約束だったのかはよくわからないけれど
決めたことはやりたいから。
伸びすぎた庭が少しすっきりする仕事。
できそうな時にちょっとでも進めておかないと。
夏休みは長いようで、気がついたら過ぎていくものだから
なるべくなら私くらいは行動的に。
汗を流して暑くなっても
たぶん、汗っかきが来たらみんなも扇風機の前を明け渡してくれると思うんだ。