観月

皿屋敷
一枚、二枚……
やっぱり今日もまた、どうやら一枚足りないらしい。
おばあから教えられた因縁話は
さらさらと擦れるような虫の声だけが妙に耳に付く夜。
ちょうどこんな、寝静まった家族の呼吸も深い
日が沈んでからだいぶ遅い時間。
雲が覆った漆黒に、月も道に迷いどこでおびえていることやら。
障子の格子ばかり不自然に白く映した
揺れる火明かりに照らされ
かすかな光も届かない闇がそこかしこにうずくまり
何かの気配にちらりと視線を向けたら
こちらを見ていた目玉がさっと夜の暗闇に隠れた気配。
今になって思い出すと
いったい、そんな障子張りの和室がこの家にあったであろうか?
それともこれは夏の短い時間に大磯に滞在していた頃の出来事なのか。
聞いた話では
十枚一組の皿も
割れた一枚の破片がいずこかへ消えた後は
九枚は血にまみれ、井戸の中。
もう戻ることはない一枚を恨んで
現世に佇む魂は
無念を晴らす術もなく、定めを無視してこの世にとどまり
花を散らして増えるお菊虫の影。
今夜もまた月のない夜ならば
寝入り端の耳に遠くかぼそい声は
喉を絞った秋の虫に混じって、どこかからともなく届くような。
そして今夜も血泡を吐いて
九枚……
十枚……
十一枚……
……
十八枚……
もしもお盆の時期に合わせて
気を利かせて二日分を数えるときは
いったいあと何枚足りない、とやるのであろうな。
それにしても、一枚足りなくて待っていた気がしていた十九枚は
やがて後から兄がやってくることも普通にあるのだから
少しは気にしてみるのもありではないか?
しかし別に恨みに思って待っていたわけではなくて
そのうちぴったりはまる隙間を
埋める何かがあると最初からわかっていて
必ず来る日を落ち着いて待ちながら
それとも、じりじりして。
氷柱姉じゃなどは、自分の家に帰ってくるのが遅いと文句もあるようだが
誰一人疑うことなく、その日を迎える準備をしていたのだから
恨み言など、すねてそっぽを向くしぐさと変わらない。
時期を少し過ぎて耳に届いた怪談らしい台詞は
今日の冷え込みに重ねる上着の数と
寝床で跳ねる妹たちをあしらいながら、掛け布団を気遣う話し合い。
足りない一枚を羽織ろうと選んだおしゃれ着も
特にかわいいお気に入りをどうしても譲れない奪い合いに
夕凪姉じゃと真璃姉じゃが引っ張りっこしていたら、
どう考えても大きすぎるのにさくらまで影響されて欲しがって
引き伸ばされる生地と止まらない喧騒をぐるり見渡し、氷柱姉じゃが
言葉を探して震えていると
天気が荒れて家を揺らす強風に全員で一斉に驚いて
うわあー!
仲良くしなかったから天罰だー!
集まってクッションを頭にかぶって隠れた時には
怖がる妹を元気付ける声が、もう許している。
いわくのある井戸がどこにあったって
おそらくこんな光景が世の中にあることを知ったら
幽霊も自分のやっていることが馬鹿馬鹿しくなって
すっきりいい顔で成仏してしまう。
わらわもずいぶんお役目が楽になるであろう。
と思うと、微笑ましくて
こんな騒々しさは歓迎してしまう
そういえば、兄じゃのおばけ屋敷の井戸は
よく出来ていたな。
あれなら本物だって自分の井戸を捨てて移り住む気分にもなるであろう。
特に怖かったと評判が良かった時間帯、
あの時間に誰が担当していたのか、今になってもわからないままなのだって
きっと自分から表立って名乗り出たりしない照れ屋な幽霊の仕業じゃな。
不可解を見つけて怯える心が人にあるのも
正体の判然としない怪異は至るところにあるからで
光を当てて解き明かすとも、あるいは月のない夜に目を閉じて眠るとしても
人が正体の分からない謎を抱えながら生きていく営みに変わりはない。
蛍姉じゃがカレンダーに印をつけたハロウィンの日も
どこかから届く聞こえるはずのない声と
暗闇の気配が幻になりそうな騒動とが
分かれることなく交じり合って
また、普通に過ごす毎日と似ているにぎやかな祭りの時間が来る。
うむ。
きっとまた何かわらわの力を必要とする気配が忍び込むであろう。
いや、楽しみにしているわけではないが、
あるのが当然の、謎と驚異が満ちる不可思議な事態。
恐れることなく受け入れていくのじゃ。