小雨

『記憶』
うーん
うーん。
ここは
小雨のおうちの廊下で
たった今、
転んでおしりを打ったところ。
それで──
わたしの名前は小雨。
大丈夫!
実は──
最近読んだお話で
転んだ拍子に
頭をぶつけてしまい、
記憶を失い
何も思い出せなくなった人がいたの……
住んでいるところも
自分の名前も
家族の顔さえ
ちっとも浮かばない。
こわい!
帰るところがあることだけは
なんとなく
覚えているのに──
小雨もよく転ぶでしょう?
おしりを打つのも
手首をひねるのも
飛んで行った眼鏡が割れるのも
あぶなくて良くないんだけど──
頭だけは!
守らなくては!
みんなと一緒に過ごした毎日が
何一つ出てこなくなってしまうなんて
小雨はもう生きていけない──
考えただけで倒れてしまいそう!
いけない。
こんなことで倒れてしまったらそれこそ怪我をしてしまうの。
落ち着かなきゃ──
というわけで
不注意でいつも擦り傷だらけ、
いつもうっかり大きな音を響かせることにかけては
なかなかのものだった小雨が
今日は珍しくゆっくりした足取りで慎重なのは
そういう理由。
さっきは転んだけど──被害は大きくなかったはず!
よく似た話だと
おばけの話を聞いた後でトイレに行けなくなるのと
同じ──
でもそれでは、2・3日しか効果はないわけで
もっと穏やかでドジをしない小雨が長続きする方法は
どうしたら?
あ!
なぜか廊下の先が少し濡れている──
こ、こんなときこそ
落ち着いて
深呼吸!
お兄ちゃん──
どうか小雨が
せめて2・3日は転ばないよう
一緒に祈っていてください──