氷柱

『積み重ね』
家にいる時間が増えてから
しばらく経ったけれど──
余裕があるからといって
それは別に、
部屋の片づけが進むわけではないし、
先の勉強の予習をしておくわけでもないし、
苦手なことがあるから
根気強く時間をかけて
克服しようとしていこうとする
かっこいいところがたくさん見られるかというと
そうではないの。
結局──
お庭の追いかけっこが少し得意になったり
キャッチボールが好きになったり、
テレビに合わせて踊るダンスがやけに上手になったくらいが
あまねく人間という生き物にとって
余暇を有効活用する手段なのであった、と
私たちは知ったわけなのね。
うんうん。
もちろん、この時間を使って
積んでいた本を崩した分の片づけが進み
混沌としていた部屋は少しきれいになった!
という、喜ばしい報告が届く楽しいご飯時も
たまにはあるけれど、
時間もあるし前から気になっていた本を買ってみた!
などといった反応に困る報告が届く大はしゃぎの声がやまないご飯時も
それはもうそれはもう──
この複雑な気持ちを分析していけば
世の中の役に立つ何かの学問になるのかもしれないわっ!
やらないけど。
実を言えば私も
空いた時間があったらもうちょっとお料理の練習はしておきたいなと
考えたことはあるの──
下僕だってそうでしょう?
連休の始まりに
あれもしたい、これもしたいと無邪気に想像の翼を広げて
無限の時間が待っているかのような錯覚をしているみたいに
せっかく家にいるなら
ちょっと──してみたいことがあるんだって
気の迷いを覚えることが
誰にでもあるの。
そういうものよ──
みんなそう──
うまくいくことばかりであるものか。
なんて。
やさぐれてしまったものだから
驚いたの。
自宅待機が始まった時期に
これからはお料理のお勉強もしようって
軽い調子で話し合った仲間──
挫折して傷をなめあう同士だと勝手に思っていた
霙姉様が、
エプロンを身に着けて忙しそうにキッチンで働いていたなんて!
手際はあんまりよくないようだったけど──
なんにもしなかった私よりは
ずっと立派だったわ。
なんてこと──
この私としたことが
あんなにも早くあきらめていたなんて。
そう、コロナとの戦いはまだこれから長く続くもの。
いえ──苦手なことにぶつかってばかりの長い人生はここからが長いのよ。
うまくいかない、
何ひとつ予定の通りに進まなかったからといって
それで結論を出すのは
まだ早い時期だった──と気が付いたわ。
まあ──
私が練習を始めたいと言ったら
まずは包丁なんか持てない基礎の基礎からはじめるんだろうけど。
どうせキッチンに立たないもの仲間として──
下僕も明日から始めようと思い立ってもかまわないわよ。
それとも、仕事としては
失敗のためなのか味見を食べ過ぎたのか
おなかを壊した霙姉様の看病にむかったほうがいいのかもしれないけど。
うーん、もとからぶらぶら味見に来て食べてばっかりいる人だから
食べ過ぎということはないかな──
明日はおかゆデリバリーの仕事から始めることになるのかもね。
今はやりのウーバーイーツ見習いと考えたらなかなか最先端な気が──どうかしら──まあ、べつにいいか。