氷柱

『密室』
霙姉様の部屋の入り口は
今日はずっと
ぴったり閉じて開かないままね。
押してもだめ。
叩いて呼びかけても何も答えない。
中で何が起こっているのかしら?
ひとつだけ心配しなくてもいい材料があるとすれば
霙姉様は、朝からずっと部屋の外にいて
薄着で木登りをして遊んだりしているし
他のみんなもちゃんと部屋の外に全員が揃っているということね。
早朝に蛍ちゃんが様子を見に行った時点では
何をしても揺るがないドアに
ゆっくり寝坊したい日もあるのかな、
みたいな話をしていたけど。
いよいよ連休になって
家の中はいつも以上に手加減もなく騒がしい。
人は今の自分にないものを求める面倒な生き物だから
こういう時、気ままな霙姉様は
誰にも相談せずに
たまには一人になってみようと決めたのかもしれない。
そんな私たちの
心配そうな顔の後ろからひょっこりとあらわれて
気にしなくてもいいと言い出す。
勝手な人なんだから。
まあいいけど。
木の上ではそのあたりに引っかかった
開きかけたつぼみがひとつきりだけの
折れて落ちそうな枝を持ち帰って
あまり外に出られないユキへの贈り物にしていたわ。
今は春の気配に一番近いのが
部屋で言うことを聞いてかしこく眠っている子。
あら。
よかった。
霙姉様も粋なことをするわね。
普段の行動パターンからはとても考えられないことだけ除けば。
観月ちゃんは部屋の中が気になるらしいけど
私の頭脳のコンピューターは
簡単な推理さえすれば誰でも答えがわかると告げている。
すなわち
部屋の入り口をふさいでいるのは
外に出た後で積んでいた山が崩れた本やら着替えやら何かであり
木の上の高い場所を目指した理由はただ一つ。
高い角度から部屋の中を窓越しに観察して
中に入る方法を探っていたのだとしか考えられない。
全ての手がかりが治まるべきところに収まる
これがパズルの唯一の解答よ。
決して春が近くなって霙姉様が童心に帰ってみただけで
部屋の中にはそれとは別に超常的な力がたまたま働いているのだとか
そんな非科学的な偶然の連なりなどありえない。
世界に起こる何もかも知的な積み重ねで解決できるはずなのよ。
あれっ?
でも、自分にないものを求めるのが人間だとすると
私が理論的な解決を求めるのは
もともとが非論理的で
科学的説明が苦手な
どちらかというと知られざる力を使うおばけに近いタイプで
非合理的な腕力で強引に解決する性格だからだということになるわね?
いや、そんなわけない。
不思議な力を持ったおばけなんていないのよ。
まだ私が小さかった頃
テレビで怖い話を見た妹たちが震えていたら
何よそんなことくらい、と教えるために
一晩中起きて見張りを続け
結局、おばけなんていないと身をもって証明したことがあるもの。
あのときは、小さな私よりもまだもっと子供のみんなを守ってあげられるのは
私だけしかいないと信じていたもの……
いつから……ううん、そんなに簡単に状況は変わるものですか!
いつだって世界を良くするのは人間の英知よ。
それから多少の下僕の協力。
さあ。
霙姉様が遊びつかれて昼寝している今がチャンス。
木の上によじのぼって
私の推理を確かめてくるのよ。
我が家でそんなよくわからない冒険を果たせるのは
常に従順な下僕ただ一人だわ!
何よ。
いいじゃない。
お願いを聞いてくれそうで
頼れるのが下僕だけだって別に……
落ちてきたらあとで手当てはしてあげる。
包帯をぐるぐる巻く準備だけは一応済ませて待っているわ。