『つくもがみ』
私たちの周りにあるものは──
たとえ命を持たないように見えても
大事にすればやがて感謝の気持ちを覚えて
目には見えなくても人に恩返しをするんだと
大人は言う。
そんな子供だましは
丁寧に使っていた文房具がどこかに行ってしまううちに
嘘だって気がつくものだと思うけど
まあ世の中は広いから
中には心が生まれて人間に尽くす古い道具だって
地球のどこかには存在するのかもしれないし
どこにもないかもしれないし。
ほんの数日前までは水もぬるむ
早い春のような気温だったから
私たちはもうすっかりその気になっていたのよね。
といっても別に
暖房器具や冬用の着替えを粗末に扱ったと
そういうことはなく
こたつ布団を一枚減らして部屋の隅に置いて
ほこりが溜まりそうなのや
出番が減っていたストーブや
厚着がなくなって少なくてもいい物干しにも
習慣と癖と日常のしぐさと
お手伝いを命じられ
おしりを叩かれ追い立てられた勢いのなせる業で
ちゃんときれいに掃除機をかけていたのよ。
でもまさか──
真っ白な洗い物が重なって積まれ
次々と食器棚に戻されていく
あの慌しいキッチンで
もう必要ないと奥にしまわれたものが
反撃にやってくるなんて誰も知らなかったわ。
土鍋がまだまだこれからも
かなりの分量で必要になり
また取り出そうとした時に
暖かさで誘われたらしい虫がついに
日差しの当たらない暗い棚の奥に──
あなたは蜘蛛が手の甲をするすると這う感触は
苦手じゃないほうかしら?
私の気持ちが分かるなら──
暗闇に押し込まれた土鍋がこの時を狙っていたと想像するのは
難しくないはずだわ!
というか、そういえば
水気をよく切ってからしまうのをさぼっていた記憶もあるから
におうし──
それで気が散った可能性もあって
本当に土鍋一つをしまうのにも反省する部分がいっぱい。
キッチンの戸棚はいつだって苦難と発見の押し寄せる嵐の最前線よ。
今日はホタ姉さまと割れた土鍋の掃除の仕方を学んだ──
覚えた技術に出番がないのが一番いいけど
大事に使われた品だってちっとも恩返しなんて知らないみたい。
私たち人間がしっかりしなくちゃいけないというのが
世界で誰もが認める正解のはずよ。
教わったこと──忘れないようにしておかないと。