ヒカル

『ビスケット』
ポケットを叩くと
ビスケットが二つ。
ずっと昔に歌ったことがある歌を
今は小さい妹たちが聞かせてくれる。
不思議な力で増える歌ではなくて
ただ割れて二つになるだけ。
二つになって──
すると一緒に歌っていた春風は
一つを食べて
もう一つを私に差し出す
なるほど。
これはいい。
そういう歌だったのかと
わかった気がした私は
喜んで増やそうと
小さくしたいっぱいのかけらを
蛍や氷柱や立夏に配って歩いて
喜ばれたような気もする──
という思い出。
春風と蛍が大きくなった今は
クリスマスにはジンジャークッキーや
星とツリーと丸太の小屋のオーナメントクッキー。
テーブルの上にいつもたくさんできたてが並んでいる。
ポケットのクッキーを分ける必要も
なんにもないというわけだ。
ちびっこたちの歌はそういう遊びの歌。
あるいは、食べ過ぎて怒られたときに
こっそり隠れて部屋に戻った後のこと。
分けてもらうのは私からじゃない。
だから冬服のポケットにお菓子のかけらは溜まらなくて
増えるビスケットの知恵ももういらない。
残念ながら
オマエがおなかを減らしていても
ポケットから取り出すことはできなくなってしまったんだ。
あの日みたいな機会はこの先もないんだろうな。
大人だし。
と。
昨日辺りまではさくさくクッキーを味わいながら考えていただけなのに
あまり何も考えないで食べてばっかりいたら
みんながクリスマスの準備を分担しているのに
すっかり乗り遅れて
残った仕事を押し付けられることになったという話の
その結末はというと──
円形に作ったクリスマスケーキに
搾り出したクリームの飾りといちごとお菓子の小屋。
クリスマスの主役の一つを
パーティーに参加するきょうだい20人に
きちんと公平に分けて、誰からも不満が出ないようにするのが
2017年最後にやってきた大仕事。
これがうまくいくかどうかで
思い残すことなく年を越えられるかが決まる──というほどではないけど
なるべく期待に応えたい責任重大な役目のような気がちょっとする。
大変なことになった気分だけど
なにしろ相手はこの冬一番の大物と言っていいクリスマスケーキ。
きれいに切り分けたらヒカルの人生にかつてないほど
おいしく食べてもらえるに決まってるもんな。
子供の頃にあげられなかった分も帳消しだ。
オマエがもっと早くあらわれていたらなあ。
でも、そんなに遅くもなく急いでくれたから
大事なチャンスに間に合った感じかな。
いい思い出になるかもしれない──
そういうふうに思えるクリスマスになればいいな。