『かわいいコックさん』
氷柱の調子は戻りつつあるようで
このまま回復が順調なら、明日にはみんなの前に顔を出して
今までどおりの日常に戻れるという春風の診察。
熱も下がり
食欲も戻って
すっかり顔色もいい。
たいしたことがなくてよかった。
今日も部屋にこもっているのは
治りかけが大事なので
念のため、という意味合いと
それから
具合が悪いときに甘えすぎたから、
かもしれない。
氷柱の希望によって本日も安静に。
食欲も戻ったので
栄養があって
おなかに重くないものを。
春風と蛍がつきっきり。
なので
しばらくは、私たちの家事は私たちで行うことになる。
買出しも
綿雪も吹雪もついてきて、重いものを持ちたいと
苦手な肉体労働まで申し出てくれて。
こういうときにこそ
協力しあっていかないといけない、
という感心な心がけと
氷柱が戻ってきたときに褒めてもらいたい
という殊勝な考えと
みんなが困っているときに活躍すれば褒めてもらえそう
という打算と
氷柱のほうばかり気にかけてしまいがちな家族に
できれば自分たちのことも見てもらいたい
のだと思う。
私の推測だが。
子供の頃、
似たような動機で苦手なことを引き受けた
かわいらしい私が
昔はいたような記憶も
かすかに。
はたして、海晴姉は覚えているのだろうか?
あの時の愛らしかった妹を。
霙ちゃんも
こんな時くらい、家族の役に立ちなさい!
エプロンとしゃもじを押し付けて
材料は揃っているから、
と。
しゃもじ。
木のしゃもじだ。
いつもは炊飯器の横にはプラスチックのしゃもじ。
今日だけおひつからごはんを盛るわけでもないだろうし
どうやら炒め物をかき混ぜることを想定していたらしい。
ふむ。
フライパンを揺らしてチャーハンをかき混ぜる作業を
私から言い出して任せてもらったのが、ほんの数日前のこと。
だいぶこぼしたのを
まだ根に持っているらしい。
横から見ていたら簡単にできるように見えたんだ。
ちっとも悪気はなかったのにな。
数日前から、蛍が酢豚を作るつもりでとってある材料を
また今日の買出しで補充したが
さすがに普段から手伝わない人には、ちょっと難しい料理なので。
どうも言葉にいちいちトゲがあるような気がするな?
まあ気のせいだろう。
ごはんはおいしく食べなくちゃ。
作るときも愛情を込めて、楽しくないといけないからな!
だけど……
今日は予定通りの素材をそろえただけ。
私の工夫は何もいらないという。
このような悲しい台所仕事も、この広大な宇宙には存在するのだな。
でもまあ
おいしく食べてもらえたらそれが一番だから。
今日は海晴姉が書いたレシピを参考に
酢豚の材料でとりあえずの
野菜炒め。
オマエは、野菜炒めは簡単な料理だと思うか?
比較的手のかからないほうだと。
どちらかというと
野菜炒めをメインにするのは、手抜きの印象があると
小さい子達みたいにぶうぶう言うだろうか。
大変だったんだぞ。
セロリを入れないでほしいとお願いしてくる子もいるし。
別に私もセロリが食べられないわけではないけれど
このまま予定通りに料理をしたら、
いらないセロリが大皿に残されて
結局、なんとなく残った分を私が食べることになるじゃあないか。
蛍が少々の残りをもったいないとちょくちょく台所まで持ち帰ってつまむよりは
野菜なら、まだ健康的なのかもしれないが
蛍なら、余った分を活用する手段も知っているだろうか。
だが、
セロリの山。
どうだろうか、この響きは。
きのこの山たけのこの里に比べて、なんとときめかない響きだろう。
そこはかとない無常感さえも感じる。
ああ、残されてしまったなあ──
そんな力不足を実感させられる情景だ。
小さい子に、ちょっと苦手な食わず嫌いを克服してもらうには
いつも大好きなお兄ちゃんがおいしそうに
食欲全開で食べているところを見せるのが有効だと考えたのだが
どうだろうか。
おいしいの?
食いついてくると思うんだ。
おやつの時間に限ったら
私がみんなを引っ張っていける自信はあるんだが。
やはり、ごはんをもりもり食べる姿がとても健康的で美しいのは
一般的に男子だという気がする。
苦手なものを克服する喜びを
小さな妹たちに与えてやりたいと思わないか?
私は当然、苦手な食材など何もないから気にしないでいい。
おいしくて楽しい食事の時間を
オマエが中心になって作っていけるなら
それは、たまには家庭的な体験をした女子にもいい思い出になる。
がんばった姉にごほうびをあげたいと願うなら
たぶん、いつものようにおいしそうに食べてくれるだけで充分なんだ。