星花

『作文の宿題』
うーん……
むむむ!
と、頭をひねって
腕を組んでまじめに考えるしぐさをしてみても。
なかなかひらめかないのです。
考えたら答えが出るお姉ちゃんたちみたいに
そんなとき、ぼんやりして見える蛍お姉ちゃんも
まゆをりりしくつきあげる氷柱お姉ちゃんも
答えが出たときは
ぱっと明るくなるの。
しかめっつらしてるとかわいくないよって言われちゃう氷柱お姉ちゃんも
特に気にしないで
はいはいって足取りも踊るみたい。
難しい考え事に
答えが出たんですね!
でも、星花の考え事は
一人で机に向かって
えんぴつのおしりでほっぺたをつんつん。
特に意味もなく走らせる
ノートの余白の
誰の顔だろう、
にっこりの
いたずらがき。
む、似てないですね。
けしけし。
どうも、悩んでいても
気のきいた感じで
勇壮な
人々の歴史を語るにふさわしい
立派な言葉は
どうしても、でてこないの。
それは、まあ
星花は真剣に訓練を積んだ博士じゃないから
本を読むのが
ちょっと得意かな? くらいだし。
小学校の作文で
テーマは私たちの秋、だったら
そんなに昔の出来事を伝えるにふさわしいような格調高い文章は
必要ないんだし。
上手に書けたらうれしいのはたぶんそうなんだろうけど。
でも、おうちのみんながお兄ちゃんに向けて
日記を見せたいとき、
こんなふうに書いたら
喜んでもらえるかな、
言葉で伝えられないような気がする
胸いっぱいの思い、
どうしたら届くか知らない?
頼りにされているのは照れちゃう。
力になりたいな、と思うの。
でも、そんなこと
こっちが教えてほしいよー。
星花の腕前は
実は、三国志読みが好きなだけの
それなりの小学生。
若くして古典に親しみ
すらすら名文をものする
早熟の天才に
ということもなく
国語の作文で賞を取ったりとかは
思い返すと、そんなにないです。
小雨お姉ちゃんが得意なの。
星花ももしかしたら
少しは本を読んでいるし
なれるかも、って期待しても
そこは毎日特に急を要する悩みもなく
考えごとの途中でそわそわしてしまう
普通の子なので
才能の芽生えは
片鱗もなし。
やがて目覚めのときを待つ
星花だけの
自慢できる何か、
そんなのがもしもあるとしたら
どうも、文字で伝える才能ではないみたいで
ちょっと残念です。
でも、おかしいなー。
星花が得意じゃないのはいいとして。
毎日あるできごとは
お兄ちゃんといられてよかったと思う
特別なところがない星花の
とても特別な気持ち。
おうちでいつも起こるできごと。
お兄ちゃんが中心にいると
なんだって語り伝える歴史になる、
あーちゃんが泣いてしまったって
おむつをかえてあやしてあげて、また笑顔に戻ってくれるまでの苦闘が
お兄ちゃんが必死に流した汗を拭うとその時に
語り伝える場面です、
と思うの。
将来、お兄ちゃんが天下を取ったあかつきに
星花ができなくても、歴史を書き残す名人の人に会って
いっぱいお話をしてあげることになったら
星花はちゃんと、毎日見ているお兄ちゃんの姿を
本当に今のどきどきする気持ちもまとめて
思うように伝えることができる?
せめてひとかけらだけでも
お兄ちゃんといられてうれしいこと
知らない人にもわかるように伝えられたら、と思うんだけど
いつも見ている秋の景色も
お兄ちゃんと歩いていたら楽しいこと、
変わっていく葉っぱの色を一緒に見ているだけでもいっぱい
星花の中で
明日も
これからも
秋が終わらなかったらいいのにって
えんぴつを転がしながら思い出すと
どうやって言葉にしたらいいか
ぜんぜんわからないんだもん。
先生もここにいてくれたらすぐわかるのに
でも家族じゃないから
作文にしましょうの宿題。
星花のとくべつ大事なこと、
書いたそばから、わりとふつうにあることに
ノートの上で変わっていくみたい。
世界のどこにもない
お兄ちゃんと今いられる時間も
どうしても、文字にしたら
星花の体の中の、どこが喜んで
そんなに楽しいのかどうかわからなくなっちゃうよ。
困ったときは
よーし! って思い立って
お兄ちゃんめがけて飛び込んでいけば
それが未熟な星花でも
いちばん得意な伝え方。
それだけで星花はうれしくなってしまうんだって
自分で言葉にできなくても関係ないままで
すぐにわかってしまうよ。
いつも胸いっぱいに感じているのに
なぜかうまく言葉で伝えられない気持ち。
これからの秋もまだまだお兄ちゃんといて
増えていく、言葉にならない気持ち。
ずっとこのまま、難しいばかりじゃなくて
少し成長して、今よりお姉ちゃんになる頃くらいには
今より上手に大人っぽく伝えられる星花になって
力をつけました、と
とびつくばかりじゃなくて
少しお姉さんらしくお話できるように。
ぴかーん! とひらめく瞬間を目指して
今日は、いまいち似合わないけど
むずかしい考えごと。
いたずら書きをしすぎて、だんだん上手になってきたら
そんな星花に変わっているかな。
なかなか文字の埋まらないノートと向き合いつつ
続けている空想なんです。