『出家』
小さい頃からの夢は
清潔で汚れなく真っ白でいられる
尼や修道女になり
二度と男の姿を見ることもなく一生を過ごすことよ。
え?
運転士?
うん……
そうだけど
とりあえず、細かいことはいったん脇にどけておいて
気の利かない男なんかといる生活は
遠くへ吹き飛んでもかまわないようになっているのが私の運命。
生まれたときから決められたまま
その定めを自らも望んで選んだ。
だってやっぱり
めんどうくさいし。
なんとなく理由もなく落ち着かなくて
むずむずして気持ちが治まらなくて
ただずっと誰にもかまわず一人でいたいときに
しつこくつきまとってくる。
逃げても隠れても
うそ泣きをしても怒っても
頭からすっぽり布団をかぶっても
追いかけてきてしまうの。
なんなの?
大丈夫だって言ってるし
なんでもないって言ってるでしょ!?
実際なにも
困っている理由なんて思い当たらないし
むやみに追求されても迷惑だわ。
こうやってなんとなく放っておいてほしいときは
誰だって思いやりの気持ちで
そっとしておこうと考えるデリカシーが
普通はある。
そうでしょう!?
ああ……
男といると
とってもうるさい……
なぜか私を怒らせることばかりするの。
なんだろう?
気持ちがすっきりしない原因もそこにあるのかしら?
なんてぐるぐるしながら過ごした数日。
今日になってばかみたいに晴れて
暑いくらいのお天気を見たら
たちまち気分がすうっと透き通っていく。
人間には日光が必要だということは聞いていたけれど。
松果体と脳内物質の関係とかで。
いや、よく知らないけど。
聞きかじりだから正しいかどうかなんてぜんぜん確信は持てないんだけど
でも私、どちらかというと
落ち着いた景色が好きだと思っていたの。
幽玄で雅な墨絵の世界とか……そこまでは枯れてないか。
派手でなくても伝えたいことを乗せたシンプルな色使いや
無骨なフォルムとかね。
それがなんで
お天気で気持ちを持ち直すような軽薄な子に
いつのまに……
この変わりようはなに?
あまりにも突然の衝撃を
受け止めきれない気がする。
こうして小さな崩壊から人の堕落ははじまり
しっかり気を張っていた少女は
やがて海晴姉さまの軽い調子で誘う言葉にほいほいつられて
いつしかすらりと背が伸びたとき
そこにいたのは笑顔をお届けするお天気お姉さん──
そんなふうに未来への道を踏み外していくのね。
だいたい、晴れたら晴れたで
あっついし
せっかく夏に短めにして
快適になったけど少し後悔していた髪がようやく伸びてきたのに
そしたらむしむし汗ばむし。
ええっ!?
短くしたのに気がついていなかったの!?
これだから──
それに暑さのせいでまた蚊が出てきたと思ってあたりを見回したら
雨続きの間に庭の雑草は再び勢力を盛り返し、深緑色の範囲を広げた。
なんて生命力──!
放っておきたいけど
そうもいかないし
明日の夕方くらいから空いた時間を見つけて草むしりのお手伝いと言うことになるわね。
別に晴れがうれしくて気持ちが浮き立って
活動的に鳴っているというわけではない。
ないと思う……
まあ、ともかく
せっかくの男手があるんだから
手伝わせてあげる。
役に立つようなら、少しは見直すかもしれないわ。
なにかしら?
まるで氷柱姉さまみたいな冷酷な言い方ですって?
そんなことないわよ。
自分でもちょっとそう思ったけど
そんな気がしても言わないのがデリカシーよ。