観月

『悔いが残る』
今日も素晴らしい日であった。
良く晴れて暖かく、
春を喜ぶ家族のみんながそばにいて
小さい子に付き合って
汗まみれでへとへとになるまで遊んでくれるのじゃ。
日が沈んだら
まだ少し寒いけれど──
そこはお風呂であったまって
良い子で早めに休む。
こんなふうに過ごせる一日が
他のどのような言葉で言いあらわせるだろうか──
寝巻に着替えた観月は
心地よい疲れでおねむなところ。
薄く閉じては、また開けるまぶたに
浮かんでくる景色は
ながめているだけで楽しい
ひらきかけたつぼみ。
どこまでも澄んだあの高い空。
そして一緒にいるみんなの笑顔。
それなのに──
観月はまだまだ
すっきり眠りにつきたいと思うには足りぬのじゃ。
遊び足りない
走り足りない。
兄じゃたちとくらべて小さな体は、
まだまだせいいっぱい
汗をかいて疲れきりたかったと
うすく募る疲労の奥で──
そう願っている気がする。
だって本当に
こんな一日が終わってしまうのは
もったいないであろう?
叶うことなら
お天道様を扇であおぎ返して
いつまでも終わることなくいいお天気のまま、
良く晴れた春の午後のままでいられたら
どんなにいいかと
誰でも、そう思わないではいられぬ──
重くなるまぶた。
動かすのもおっくうな手足。
ぽかぽかする眠気の予感が
夢の中に誘うとしても──
わらわは、それでもなお
夢の中でも見るであろう。
ついにやって来た
待ち望んでいた春の日のことを。
あたたかくて
みんながいて
いい眺めじゃ──
もっと駆けまわって遊んでいられるなら
それはもう夢のようだというのに
やさしい日差しはそれだけを許さない。
兄じゃの腕にやさしくあやされながら
眠る時間だと──
そんなふうなことを告げてくる。
まったく、春の宵とはいつの時代も憎い奴じゃ。
ずっと昔も──遠い未来のわらわの子供たちも
同じように願うのは決まっているのに
お休みの時間はやって来る。
ではな、兄じゃ──
わらわも今宵は何事もなく怖い夢も見ずに眠るのであろうな。