『春を待つ』
節分が過ぎれば
暦の上では春だという。
本当だろうか?
まだこんなに寒い日が続いて
大変なのにな。
人々が冬をどのように過ごし
どんな気持ちで春を迎えるのか
それは個人差が大きいところであって──
年末から終わらない大掃除に
お正月やら節分やらでイベントが多くて
楽しくなってしまい
なんだかまあいいかという気持ちになる人や
暦のことはよくわからないけれど
どうせそのうち春になるものなのだと
大雑把な考え方をしている
自分に気が付くと、
もしも季節の神様みたいな存在がいて
春を呼ぼうとしているとして──
その神様も同じくらい大雑把だったとしたら
寒かったり急に春めいて来たり
また冷たい風が吹くようになったりと
いろいろ予想がつかない状態なのも納得できるし
のんびりあたたかい季節を待つのもいいかと
そんな考えで寒い時期をどっしり構えて立ち向かうタイプの人も
世の中にはいてもいいのではないだろうか。
そんなに急ぐことはないと言っているように
いろいろなイベントがあるのも
昔の人の知恵なのかもしれないし──
家の中で過ごすために
そんなに外へ出なくても楽しめるいろんな遊びを
人々は発明し続けてきたのかもしれない。
いつか消え去る定めを持った人々の営みは
いろんな想像を巡らせるに値する楽しいものだ。
幸いなことに、冬の寒さに捕らわれた私たちには
考える時間はたっぷりとある。
部屋の掃除の途中でも
節分の準備をしながらでも
春を思い
みんなととりとめもない話をして
冬を乗り越える手段は──
ずぼらで大雑把な人間でも見つけられるほどに
たくさんあるのだ。
ほら、ここには掃除の途中で出てきたおもしろいゲームが──
なんだって、つい最近になって
新しく生まれ変わって発売するのだって?
そうなのか、長く冷たい季節にも思いがけない出会いはあるのだな。
ああ──
願わくば、季節の神様が私たちの想像するよりもずっと大雑把で
想像もしない喜びや出会いがたくさんある季節になることを──
掃除なんてこの愉快な日々に比べたらちっぽけな悩みだと、もっと思わせてくれるように。