亞里亞BDSS

『楽しい日がある』
 ハロウィンのカボチャ色の装いが過ぎると、街の景色はたちまちクリスマスを迎える準備に変わる。
 冬が来るのが早いと予報が出ていた年に、短い秋もとうとう寒さを感じる時期。
 まだまだ昼間の陽気は運動するのに最適だ。
 亞里亞の家の庭で妹たちが集まって、ちょっとした運動会を開催するのも自然な流れであると言えよう。言えるのかな?
 毎年なぜかBDSSに自分の趣味でSF要素やギャグ時空を乗せすぎてしまうから、今年は穏当な感じで行けそうでよかった。
 開会式が始まる前、じいやさんが亞里亞に声をかけている。
「今日のために練習してきたので、きっと上手にできるはずです」
 なんの競技の練習かな?
 すぐに亞里亞が壇上にのぼって
「せんせい、われわれはー」
 そっちの練習だったんだね。
「というか亞里亞が選手宣誓するんだね。ちょっと珍しい気がする」
 じいやさんに聞いてみると
「この庭で開催することになりましたので。所有者である亞里亞様が責任を請け負う形になりました」
「所有者は亞里亞のママではないかと思うけどまあいいか」
「それに、亞里亞様の宣誓はかわいいですよね」
「かわいいね」
 うちの妹はみんなかわいいけどね!
「しっかり宣誓できてえらいですよね」
「じいやさんの趣味が入ってることはよくわかったけど、とてもいいのでまあいいかということにしよう。まさか競技なんかも亞里亞に合わせて開催したりしてないよね」
亞里亞様の得意な競技とは……?」
 ここがギャグ時空ならお菓子の大食い競争とか高額限定の借り物競争とかなんだが、まだなんともいえない感じなのでもう少し様子を見てからの発言にしたい。
「最終競技の騎馬戦では上の高い位置に乗ってよく目立つそうですが、それは体格で選ばれたようですね」
「大丈夫かなあ、怖くて泣いたりしないだろうか」
亞里亞様も見た目ではあまりわかりませんが、意外とテンションが上がるタイプなので」
 ちょっと片足を突っ込み始めたぞ、はたしてどうなるのかギャグ時空。
「庭で運動会とかして大丈夫なの?」
「どうやら白雪様が張り切ってたくさんお弁当を作るため、体育館などでは入りきらないということで、それならと、この庭で開催することになりました」
「体育館より広い運動スペースがあるんだ」
 白雪の料理についてはとりあえず様子見で。
「にいさま! 姫はりきっちゃいましたの!」
「そうみたいだね」
「いっぱい作りたかったから、ドラえもんでよくあるみたいに姫を増やしたりできないかしら? と鈴凛ちゃんにも相談してみましたの」
 ついに鈴凛ドラえもんと並ぶ感じになった。このサイトではたまにあることだな。
「それで、量子論をもとにしたとかで、この世界とよく似た平行世界をたくさん移動して姫を探し集めることになり……」
「それ続きを聞いたら二度とこれまでの流れに戻れないやつじゃない? 大丈夫?」
「大勢の姫で協力してお弁当を作ったんですの」
 これはどっちだ……? ギリギリ普通の運動会ネタに戻せそう?
「うん、よくがんばったね」
「えへへ」
 白雪がうれしそうだからいいか。
「アニキ、私もがんばったでしょ?」
「まあ白雪の願いをかなえようとしたことはえらいね! でも目的のために手段を問わないところが少しあるような」
「それでねにいさま、別の世界には、宇宙のもとになる基本の物質が、にいさまと姫の二つの種類しかない世界もあってね、その世界の子たちにはとっても助けてもらったんですの」
「ちょっと想像がしにくい世界だね」
「でも鈴凛ちゃんが言うには、この世界もにいさまと12人の妹が基本の物質となって構成されている世界みたいだから、そんなに珍しいことでもないんだって。でもよかったよかったですの」
「世界の基本構造が僕の知らない間に変わっている。いや、さすがに鈴凛が大げさに言ってるだけだろう。だってさっきからじいやさんが……あれ? じいやさん? じいやさーん!」
 そ、そんな……いつの間に……世界は変わってしまったんだ……でも別にいい世界かもしれないからいいか。
「お呼びになりましたか、兄や様」
「いるじゃん!」
 そんなこんなで最初は運動場のトラック一周の400メートル走だ。さらっと運動場ができてる。
「あにぃ、競争だよ! ボクと勝負だ!」
「ふふっ、衛はいつも変わらなくて安心だな……」
「おっと兄君さま、衛ちゃん、ワタクシも負けていられませんわ」
「春歌も運動ができるイメージがあるね。薙刀が得意とかだからかな?」
「なにしろこの競技で勝った方が兄君さまを奪える約束なのです」
 勝手に賞品にされているよ!?
「えっ春歌ちゃん、それ初めて聞くよ!?」
「衛にも話を通してなかったのかよ!」
「ふふっ、わかっております。ワタクシが海外にいた時に読んだ、あこがれの日本のマンガはどれもそういう内容ばかりだったのです……ちゃんと学びました」
 海外に輸出される日本の文化による何かの汚染。
「それに日本に来てから可憐ちゃんに貸してもらった漫画もだいたいそういう内容ばかりだったのです」
 輸出とか関係なくえらいことになっていたようだ。というかそういう本を好んで選ぶ趣味の問題だった。
「よくわからないけど、そういうことならボクも負けないよ!」
「よくわからないまま大変な勝負を受けて立つのはどうかと思うけど、衛ががんばっているのはかわいいと思う。というかこれ何事もなく収めるには僕が勝つしかないのか?」
「お兄様、話は全て聞かせてもらったわ!」
「またややこしくなりそうな! あれ、咲耶どこにいるの? 目の前にいるのは顔中真っ白になって雨が入っているらしくほっぺが膨らんだ謎の怪人だけなのだが」
「その通り、謎の怪人が現れたわお兄様! 障害物競走でついつい熱くなってしまってこうなったのよ! あっ四葉ちゃんこれは別に事件捜査に必要な状態ってわけじゃないから写真は撮らないでね」
 四葉は運動会の記録係も任されていて、みんなの写真を撮ることに一生懸命だ。事件捜査の使命も少しあるかもしれない。そして明らかに限界を超えた粉のくっつき方に、今回もまたギャグ時空のSSなのだと確信できたよ。それならそれでやりようはあるからね!
 ほら、あっちでも千影が障害物競走で絡まったのか、いばらのつたで全身ぐるぐる巻きになっておろおろしている。どんな障害物競走でそうなるの? もちろん四葉のいい被写体だ。
「お兄ちゃーん」
「おにいたまー」
「ほら見て、お兄様。みんながんばったからほめてあげてね」
 明らかに人体にくっつく量を超越した粉を振りまきながら、可憐と雛子が助けを求めて駆け寄ってきた。がんばったね。あと、どんな障害物競走? というかなんで千影だけ別の状態異常なの? あれ、千影どこ……? 四葉も今回ばかりは、千影を撮ったはずの写真を確認して「どうして千影ちゃんだけ写ってないんだろう?」とか言わないでください。
 この流れでは、競走で負けたらどうなるかわからないと思って、なんとか衛や春歌に勝利して兄の威厳を保っただった。負けたらメイド服とか来て可愛いポーズをすることになりかねないからね。
「……それはそれで、見てみたかったものだね」
「よかった、千影がちゃんといた。しかも普通の状態だ」
 もう心を読むくらい些細なことだ。
「でも……困ったことになってしまったよ……」
「心の準備はできてるからなんでも言って」
 たぶん何かがあってもしばらくしたら元に戻っている時空だから心配ないはずだ。いや何事もないのが一番だけど。
「玉入れの玉を用意するはずだったんだが……つい兄くんを思って最近は花の手入れをしてばかりいたために、いばらのつるがからむ玉入れのかごと、それに投げ入れるバラの花だけを用意してしまった」
「さっきのいばらはそういうことだったんだね。って、そんなわけあるかーい」
 花穂も一生懸命バラの花をかごに入れようとしなくていいからね。
「わーん、お兄ちゃまー。花穂、玉入れがずっと小さいころから苦手なの」
「泣かないで。そして、これはもう玉入れじゃないことに気づいて」
 それにしても、運動場を埋め尽くすバラの花を一体どうやって持ち込んだのだ千影は。
「千影も平行世界の自分に協力して花のお世話をしたの?」
「兄くんを思いながら……長い時間を過ごすだけで……世界を埋め尽くすほどの花を用意するのは一人でも容易なことだ……」
 何年思い続けたらそうなるの……いや答えは聞かないでおこう。
「花穂もお花のお世話は好きだから、千影ちゃんみたいにすごいことできるかな?」
「えっ、やってみたいの」
「お祭りには……どれだけたくさんの美しい花があっても……何も困らないからね……」
「現状、困っているような」
亞里亞ちゃんの庭なら……この数十倍……数百倍のバラの花を持ち込んでみても……まだ運動をする場所はたくさんあるから」
「それは広すぎないだろうか」
「だから……これまでの数十倍……数百倍も兄くんを思うことに、何の問題もない」
「ああ、うん。まあ千影は少し手加減してと言っても聞かないからしょうがないか。いいよ!」
 これからの競技に備えて、バラで沈んだ庭を後にするのだった。
鞠絵もたくさん歩くことになって疲れないかな? 今日は見学だけにする予定なんだよね?」
 そう聞いているのだった。
「大丈夫、このごろ調子がいいんです」
「それならいいけど」
「もし疲れすぎたら、鈴凛ちゃんに頼んで元気な体にする発明でもしてもらいましょうか」
「今回の鈴凛は便利だな。きっとどんなお願いでも聞いてくれるよ。元気になりすぎてしまいそうだよ。今の時期ならハロウィンも楽しめているのかもしれないね。なぜか頭の中にTheガッツ~ハロウィンでガッツ~という言葉が浮かんだけど特に意味はないと思うよ」
「よくわからないですけど、ミカエルも狼男みたいになってはしゃいでくれそうですね」
「そのミカエルも体力で何とかできるくらい、元気な子の姿も思い浮かぶね」
「ウフフ、ありがとうございます兄上様」
「あはは」
 いやあ、こんな会話ができるなら、2000年代のサブカル文化も経由しておくものだね。もっとちゃんとした文化を経由していたら、別の会話ができていたかもしれないけどね。今は手持ちのカードでやっていくしかないからね。
 そんなこんなで楽しく時間は過ぎて、亞里亞の庭もだいぶバラの海に沈んだところで、どうにか騎馬戦くらいならできそうなスペースが最後まで残ってよかったね。鈴凛も時空を何とかする機械とかたくさん使って何とかしたらしい。たぶん今回のMVPだ。
「お兄ちゃん、こんなにあるんだから可憐がバラの花束を作ってお兄ちゃんに贈ってもいいですか?」
「どんと来いとしか僕には言えない。12人分は受け取る覚悟はできているよ!」
 地表がバラで埋め尽くされるくらいで済めばいいなというのが最後に残ったわずかな願いだよ。
「でも、亞里亞も体格で選ばれたわりには、騎馬戦の上にのぼるとしっかりして見えるね」
「相手の雛子ちゃんも、やる気いっぱいみたいですね」
「もう高いところで怖がる小さな妹たちはいないんだな」
「兄や、亞里亞は高いところなんて怖く……高いところ……」
 大変だ、意識し始めてしまった。
亞里亞! 僕がいつでも応援しているからね!」
「わーい、うれしいの」
 元気になった。ギャグ時空でよかった。そして、ギャグなのになぜか今回で唯一運動会らしいシチュエーションになったような気がするけど、細かいことは置いておこう。亞里亞も雛子も、参加した妹みんなも活躍して楽しい騎馬戦だったからね!
 こうして地表の平和と引き換えに、運動会は無事にみんな満足して終わりを迎えることができた。家に戻ってシャワーで汗を流し、着替えたらもうみんな疲れでうとうとし始める頃だ。
 運動会の後のけだるい時間も、まるで楽しかった運動会の一部みたいな気もするね。ラーメンの後に飲むコップの水もラーメンの一部だって孤独のグルメでも言ってたから、そんな感じかもしれないね。今年のBDSSも、少なくとも家の中の景色だけは平和で終わりそうで良かった。
「大変だよ、アニキ! 時空を操る機会を酷使しすぎたせいで、世界が今のままのんびりした状態で時間が止まっちゃったよ!」
「運動会ネタなんだからせめて運動会のまま止まるのが合っていたかもしれない」
「……まあ……これは普段の日常とあまり変わらない……兄くんとだけ永遠に過ごせる状態で止まったんだから……何も困ることはないだろう」
「それはまあ、千影ちゃんの言う通りかもしれないけど」
 そうなの?
「でも、やっぱり今の事態を解決できるかどうか、試してみるね、アニキ。まずは平行世界の私を集めて相談することにして……」
「もう話は終わるのになんだかとんでもないことになるぞ」
「どうしよう! 全部の世界の私が、今のままでいいんじゃないかって言ってるよ!」
「じゃあまあいいんじゃないの」
 というかそれって、この世界の鈴凛もそうだってことじゃないか。